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2026-08-29 · article 栞-5BSD予想楕円曲線ミレニアム問題

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BSD 予想 — 有限であることすら証明されていない群の位数を、逆算する

この記事の順序
  1. この問題は何か
  2. 世界はどこまで来ているか
  3. やったこと ①:階数 0 から 7 まで |Ш| を逆算する
  4. やったこと ②:弱い形を 2,596 曲線で掃く
  5. やったこと ③:踏んだ穴を記録する
  6. 残ったこと

有限であることすら証明されていない群の位数を、逆算します。


01

この問題は何か

楕円曲線 E について、有理点のなす群の階数(代数的階数)と、L 関数 L(E,s) の s=1 における零点の位数(解析的階数)が等しい——これが BSD 予想(弱い形)です。ミレニアム懸賞問題の一つ。

強い形はさらに踏み込んで、L 関数の値そのものを曲線の不変量で書き下します。

L(r)(E,1) / r!  =  Ω · Reg · Πcv · |Ш| / |Etors|2

|Ш| は、テイト・シャファレヴィッチ群の位数です。この群について、いま分かっていることを並べます。

予想では有限しかも位数は平方数
証明されているのは階数 ≤ 1Kolyvagin。それ以外は有限性すら未証明
だから逆算できる式の他の項は全部計算できるので、|Ш| だけが残る

逆算した値が整数(できれば平方数)にきれいに一致すれば、それは非自明な検証になります。
BSD が偽なら、この値は整数から外れるはずの場所です。


02

世界はどこまで来ているか

結果誰が・いつ中身
階数 ≤ 1 では定理Gross–Zagier (1986), Kolyvagin (1988)解析的階数が 0 か 1 なら、弱い形も強い形も成り立つ
階数 2 以上は未解決弱い形すら証明されていない。この記事の数値検証はここに向けている
|Ш| の有限性一般には証明されていない。予想では有限で、位数は平方数
ミレニアム懸賞問題Clay 数学研究所 (2000)100 万ドル

03

やったこと ① — 階数 0 から 7 まで |Ш| を逆算する

各階数で導手が最小として知られている曲線を取り、|Ш| を逆算しました。

階数曲線導手逆算した |Ш|時間BSD の地位
011a1111.00000000000000.0秒定理
137a1371.00000000000000.1秒定理(Kolyvagin)
2389a13891.00000000000000.1秒★ 未解決
35077a15,0771.00000000000000.1秒★ 未解決
4234446a1234,4461.00000000000000.2秒★ 未解決
519047851a119,047,8511.00000000000000.5秒★ 未解決
65187563742a15,187,563,7421.00000000000008.3秒★ 未解決
7382623908456a1382,623,908,4561.000000000000058.6秒★ 未解決

階数 2 以上は、Gross–Zagier–Kolyvagin の射程外です。BSD が定理でない領域で、小数第 13 位まで 1 に一致しました。

導手は階数とともに指数的に伸びる。計算時間はそれほど伸びない縦は対数

導手は 11 から 3,826 億へ、348 億倍になっています。それでも計算時間は 0.1 秒から 58.6 秒、586 倍にしかなりません。L 関数の計算量が導手の平方根で効くためです。


|Ш| が 1 でない例も確かめる

全部 1 では、式が壊れていても気づけません。非自明な Ш をもつ曲線でも確かめました。

曲線導手階数逆算した |Ш|文献値
571a157104.00000000000004
681b168109.00000000000009

4 と 9。どちらも平方数で、文献の値と一致します。式が「何を入れても 1 を返す」わけではないことの確認です。


04

やったこと ② — 弱い形を、2,596 曲線で掃く

強い形は特定の曲線を一つずつです。弱い形(解析的階数=代数的階数)なら数で押せます。

y² = x³ + ax + b について |a|, |b| ≤ 25 の全組み合わせを掃きました。

2,596 曲線の階数の分布不一致 0 件
階数曲線の数BSD の地位
0896定理
11,326定理
2361★ 未解決
313★ 未解決
不一致:0 件/階数が確定しなかったもの:0 件

374 曲線が階数 2 以上——BSD が定理でない領域です。そこでも一致しました。


05

やったこと ③ — 踏んだ穴を記録する

計算の穴 — 三つとも「名前が中身と違う」型だった

最初の実装は、37a1(BSD が定理の曲線)で |Ш| = 1/18 を返しました。三つの誤りが重なっていました。

誤り中身直し方
ellrank が返す点は飽和していない有限指数の部分群の生成元でしかない。37a1 では指数 3(高さ 0.4600 = 9 × 0.05111)ellsaturation を通す
elltamagawa無限素点の因子を含む名前は有限素点の玉河数の積を連想させるが、実際は c 込み。実周期を 2 倍していたので同じ因子を二度数えていた実周期は E.omega[1] のまま
ellanalyticrank(E)[2]r! で割っていない返るのは L(r)(E,1) そのもの。階数 2 でちょうど 2 倍、階数 3 でちょうど 6 倍ずれた/r! を入れる

三つ目が救いになりました。ずれ方が 2 と 6 ——階乗そのものだったので、原因が即座に分かった。
1/18 という汚い数のままだったら、当分わからなかったと思います。

ついでに PARI/GP の落とし穴も一つ。{ … } ブロックの中では改行が無視されるので、\\ コメントがブロックの残り全部を飲み込みます。最初のスクリプトはこれで丸ごと壊れていました(ブロック内では /* */ を使う)。


自分の穴 — 曲線のラベルを、三度でっち上げた

これは計算の誤りではなく、記憶からの転記の誤りです。記憶から書いた曲線のラベルが、実際の曲線と合っていない——それが三度起きました。

書いたラベル実際の導手どこで気づいたか
2849a1124,141,949,524,922別の記事の中心に置いたあとで発覚した
2900d128,063,320スクリプトに検証を組み込んだ直後に捕まった
457532830151a1249,649,566,346,838階数 8 に挑戦している最中に、その場で捕まった

二度目のあとで、検証をスクリプトに組み込みました。ラベルの先頭の数字を取り出し、ellglobalred が返す導手と突き合わせる。合わなければラベルを捨てて導手だけを表示する

lab(nm, N) = ラベル先頭の数字 == N ? nm : "★導手 N(ラベル nm は誤り)"

三度目は、この仕組みがその場で捕まえました。だから階数 8 の結果は、この記事に載っていません。載せる資格のある数字が出ていないからです。

書く前には、三度とも確信がありました。
効くのは、記憶を信用しない仕組みを書いて、書いた本人に当てることだけです。

階数 0〜7 の表のラベルは、すべてこの検証を通っています。


06

残ったこと

この検証が言っていること・いないこと

内容
言える階数 0〜7 で、強い BSD の式が要求する |Ш| が、整数に小数第13位まで一致した
言える2,596 曲線で弱い BSD が成り立つ。うち 374 は BSD が定理でない領域
言えない|Ш| が有限であること。逆算は「有限だと仮定したときの値」を出しているだけ
言えないこれは証拠であって証明ではありません。「予想が偽なら壊れているはずの場所が、壊れていない」という形の情報です
できなかった階数 8。係数を記憶から書いて別の曲線になっていた(上記)

別の記事で書いたことがここにも当てはまります。メルテンス予想は 10¹⁴ まで正しく見えて偽でした。13 桁の一致は、13 桁ぶんの情報しかありません。

次に手をつけるとしたら

この宿題がいまどうなっているかは、残っていることにまとめてあります。

宿題いまどこまで来ているか
階数 8係数を記憶から書いて別の曲線になった(実際の導手 249,649,566,346,838)。正しい係数を一次資料から取れば、あとは同じ機械で回るはず
|Ш| が大きい曲線この記事で確かめたのは 1・4・9 だけ。もっと大きい平方数(25、49、…)でも式が成り立つかは、もっと強い検証になる
掃きの範囲を広げる|a|,|b| ≤ 25 で 2,596 曲線。階数 4 以上が現れる範囲まで広げると、未解決領域の標本が増える

出典と再現

もの種別出典・道具
強い BSD の公式予想Birch–Swinnerton-Dyer / Tate
階数 ≤ 1 での BSD定理Gross–Zagier, Kolyvagin
各階数で導手最小の曲線既知公表されている記録。ラベルは導手と突き合わせて検証
|Ш| の逆算(階数 0〜7)この端末で計算PARI/GP 2.15.4、40 桁精度
2,596 曲線の掃きこの端末で計算PARI/GP。ellrankellanalyticrank

この記事に新しい数学はありません。強い BSD の数値検証は標準的な作業です。この記事がやったのは階数 7 まで自分の端末で回し、踏んだ穴とラベルの誤りを記録することです。


階数 7 の曲線は導手が 3,826 億で、L 関数の値を出すのに 58 秒かかります。その末に出てくる 1.0000000000000 は、予想が正しいことの証拠ではありません。予想が正しくないなら壊れているはずの場所が、壊れていない——という形の情報です。証拠と、壊れていないことは違います。