未解決問題を、無作為に引く — 小さな問題の記録
進め方を、先に決めました。
問題は無作為に引く。詰まったと感じたら、別の問題に移って意識を切り替える。詰まったときの思考と、引いた順・間隔(計算機から取得した実測)を記録に残す。数学ソフトで測れるものは測る。
抽選箱を作り、乱数で引きました。七問を引き、手をつけたのは六問です。
ここで引いた問題のうち四つは、個別の記事になっています。この記事に残るのは小さな問題の記録——シェルピンスキー数・リーゼル数・相異距離——と、進め方そのものです。
| 引いた順 | 引いた問題 | その後 |
|---|---|---|
| 1 | エルデシュ等差数列予想 | → 個別の記事へ(六通りの探索/k=4/自己相似性の代価) |
| 2 | ハドヴィガー・ネルソン問題 | → 個別の記事へ(f(3) = 10・f(4) は 14 か 15) |
| 3 | シェルピンスキー数 | この記事の §02 |
| 4 | エルデシュ相異距離問題 | この記事の §03 |
| 5 | ロヴァース予想 | → 個別の記事へ(例外 4 個・5 個目の探索空間) |
| 6 | BSD 予想 | → 個別の記事へ(階数 7 まで) |
| 7 | 正方形ペグ問題 | 引いて 8 秒で戻した |
※ この抽選では引いていませんが、同じ日にコラッツ予想とリーマン予想にも取り組んでいます(こちらは無作為の抽選ではなく、指定して取り組んだものです)。
計算この端末で確かめた範囲 既知言い換え・既知の定理・外の文献の確認。この記事に Lean で閉じた言明はありません。
この回に起きたこと
| 順 | # | 問題 | そこで起きたこと |
|---|---|---|---|
| 1 | 22 | エルデシュ等差数列予想 | この回の主軸。個別の記事に |
| 2 | 19 | ハドヴィガー・ネルソン問題 | 意識転換。上の探索は背景で継続 |
| 3 | 7 | シェルピンスキー数 | 「証明できる部分」が閉じていることを確認 |
| 4 | 9 | エルデシュ相異距離問題 | 残る隙間を数値で見た |
| 5 | 20 | ロヴァース予想 | ケイリーグラフを 8,713 個検査 |
| 6 | 28 | BSD 予想 | 未解決の領域で 14 桁一致 |
| 7 | 5 | 正方形ペグ問題 | 引いて 8 秒で戻した |
| 8 | 19 | ハドヴィガー・ネルソン(再) | 角度を変えて分数彩色数へ |
※ 七回目の正方形ペグ問題は、8 秒後に引き直しています。なぜ戻したかは記録していません。記録に残っているのは「8 秒だった」ことだけです。
三つの問題で、同じ形の結論が出た
この回のいちばん大きな収穫は、まったく別の三つの問題が、同じ形をしていたことでした。
「証明できる部分」は、もう閉じている。
残っているのは、その方法では原理的に届かない部分だけである。
シェルピンスキー数(#7)
78557 が最小のシェルピンスキー数か、という問題です。78557 がシェルピンスキー数であること自体は、有限の確認で済みます。
被覆集合 {3,5,7,13,19,37,73} の 2 の位数の最小公倍数が L=36 なので、n mod 36 の 36 通りを調べれば全ての n について言えます。——被覆されない剰余は無し。証明完了。
では 78557 より小さい候補はどうか。奇数 k < 78557 の 39,278 個について、k·2n+1 が素数になる最小の n を探しました。
| n ≤ | 残った k |
|---|---|
| 0(全部) | 39,278 |
| 1 | 32,040 |
| 10 | 8,870 |
| 100 | 981 |
| 400 | 351 |
まだ素数が見つかっていない 5 個(21181, 22699, 24737, 55459, 67607)は、すべてこの 351 に含まれています。残る 346 個は、もっと大きな n で解決済みのもの(PrimeGrid が数十年かけて潰した分)です。この 5 個は、被覆集合を持たないことが示されているのではなく、そもそもシェルピンスキー数と証明されていません——n < 45,543,700 まで素数が無いことが確かめられているだけで、予想は逆側(いずれ素数が出る)です。既知
そしてここが本題です。k が周期 L の被覆集合を持つかどうかは、有限の計算で決まります。(p が k·2n+1 を割るなら 2 の位数が L を割る必要があるので、候補の素数は 2L−1 の素因子に限られる。)
78557 未満に、被覆集合を持つ k は一つもありません。
つまり「被覆集合による証明」の道は、完全に閉じています。
残っているのは「被覆集合を持たないシェルピンスキー数があるか」という、まったく別の問いだけです——エルデシュ問題 #1113 として立てられていて、未解決です。有限の計算では解決できません。既知
覆うのは、素数の周期だけではない
上の勘定は「被覆」を素数の周期に限っています。剰余類を丸ごと覆うのは、それだけではありません——代数的な因数分解も覆います。ソフィ・ジェルマン恒等式:
k = m⁴(m は奇数)とし、n = 4j+2 と書くと k·2ⁿ = 4·(m·2j)⁴ なので、n ≡ 2 (mod 4) は素数を一つも使わずに合成と言えます(81·2⁶+1 = 5,185 = 71 × 73、625·2⁶+1 = 40,001 = 199 × 201)。覆う対象が 1/4 減ります。
78557 未満の奇数の 4 乗数は 7 個(81, 625, 2401, 6561, 14641, 28561, 50625)。それぞれについて、n ≢ 2 (mod 4) を素数で覆えるかを周期 96 まで調べると、7 個すべてで覆えず、惜しいものでも 3 類残ります(2401 = 7⁴・14641 = 11⁴・28561 = 13⁴ が周期 12 で 3 類)。計算
代数的分解が使える奇数 m は、Capelli の判定で完全に分類できます——m > 1 では m = cq(q は奇素数、類 n ≡ 0 mod q)と m = c⁴(類 n ≡ 2 mod 4)だけ。だから m > 1 で代数が覆う集合は必ず周期的で、密度 1 未満です。既知 「被覆でも代数的分解でもない第三の機構がありうるか」が #1113 の核で、それを排除する定理はありません。
被覆集合の「有無」は、篩の重み(Proth 重み)Wk で連続量になります——有限の周期で覆えるなら 0 になり、ふつうの k では正の値に落ち着きます。残る 5 個の重みは 0.07〜0.27(母集団の平均は 2)で、深さ 4.5×10⁷ で生き残る k の期待個数は 4〜7——5 個が未発見であることに不自然さはありません。既知
リーゼル数(同じ機械で、続けて)
k·2n−1 の側です。予想される最小は 509203、被覆集合 {3,5,7,13,17,241}、L=24。同じ手順で——被覆集合を持つ奇数 k ≤ 509203 は 509203 ただ一つ。
エルデシュ等差数列予想(#22)
別記事にした方も、同じ形でした。「対数の指数を 1 より上に上げる」という道は、k=3 では通り、k=4 では通っていない。そして Green–Tao 自身が「これが我々の手法の限界」と書いています。手法が閉じている位置が、はっきり分かっている。
隙間が、数値で見えた(#9 相異距離)
平面の n 点が定める相異なる距離の最小個数 g(n)。2015年に Guth–Katz が g(n) ≥ c·n/log n を証明して事実上決着しましたが、エルデシュの予想は n/√(log n) です。残る隙間は √log n の因子。
m×m 格子の相異距離を実際に数えました。
| m | n = m² | D | D ÷ (n/√log n) | D ÷ (n/log n) |
|---|---|---|---|---|
| 128 | 16,384 | 5,838 | 1.1100 | 3.4578 |
| 512 | 262,144 | 82,489 | 1.1115 | 3.9260 |
| 2048 | 4,194,304 | 1,196,234 | 1.1137 | 4.3491 |
n/√log n で割った比は 1.11 前後で止まります——エルデシュの予想の形が正しいことが数値で見える。
n/log n で割った比は 3.46 → 4.35 と増え続けます——Guth–Katz の下界と真の値の隙間が、この規模でもはっきり見える。
ただし、この問題は前の二つと性格が違います。n=13 より先の厳密値は誰も知りません。配置空間が連続なので、組合せ的な探索では届かない——「閉じている」のではなく「入口が違う」問題です。
個別の記事になったもの
| 問題 | ここで出たこと | その後 |
|---|---|---|
| ロヴァース予想(#20) | ハミルトン閉路を持たない連結頂点推移グラフは5 個しか知られていない。K₂ を除く 4 個を構成して確認——4 個とも「閉路は無いが路はある」 | → ロヴァース予想 掃きは 9,805 個に。5 個目の探索空間は欠損 def で三つに割れる |
| ハドヴィガー・ネルソン問題(#19) | 二度引き、分数彩色数の側から入った。χf ≥ n/α は有限グラフから計算できるが、この道は 4.36 で天井に当たる | → ハドヴィガー・ネルソン問題 独立数 α 以下の単位距離グラフの最大点数 f(α)。f(3) = 10、f(4) は 14 か 15 |
| BSD 予想(#28) | 強い形から |Ш| を逆算。階数 2・3 という「BSD が定理でない領域」で、小数第 14 位まで整数に一致 | → BSD 予想 その後 階数 7 まで伸ばしました |
名前と中身が違っていた誤りが、三度
三つとも「名前が中身と違っていた」型でした。そして三つとも、印字していた数字が救っています。
| どこで | 何が違っていたか | 何が救ったか |
|---|---|---|
| ロヴァース | 出力表の「A5」の行が、実際は A4 だった。選んだ生成元が両方とも点 4 を固定していた。A5 は調べていなかった | 位数を印字していた(120 のはずが 12) |
| BSD | ellrank が返す点は飽和していない。有限指数の部分群の生成元でしかない | 高さが 0.4600 = 9 × 0.05111(指数 3) |
elltamagawa は無限素点の因子を含む。名前は有限素点の積を連想させる。同じ因子を二度数えていた | — | |
ellanalyticrank(E)[2] は L(r)(E,1) で、r! で割っていない | ずれ方が階乗そのものだった(階数2でちょうど2倍、階数3でちょうど6倍) |
BSD の三つは重なって |Ш| = 1/18 という値を出していました。ずれが 2 と 6 という素直な形をしていたから原因が分かったのであって、1/18 のままなら当分わからなかったと思います。
「106 まで探して見つからなかった」と「存在しない」は違います。同じように「A5 を調べた」と「A5 という名前の変数を調べた」も違う。
この回に三度、後者が起きていました。位数を、高さを、ずれ方を印字していなければ、三つとも通っていました。
ハドヴィガー・ネルソン問題 — 個別の記事へ
二度引いた問題です。χ(ℝ²) ∈ {5, 6, 7} は動いていません。二度目に分数彩色数の側から入った記録と、そこから測った量——独立数 α 以下の単位距離グラフの最大点数 f(α)、f(3) = 10・f(4) は 14 か 15——は ハドヴィガー・ネルソン問題 にあります。
この進め方について
七問を引いて六問に手をつけ、どれも解けていません。それでも、この進め方には効いた点があります。
| 効いたこと | 中身 |
|---|---|
| 背景で走らせられる | #22 の探索は #19・#7・#9 を触っている間ずっと回っていた。詰まりが待ち時間と重なる |
| 形の一致が見える | 三つの問題で「証明できる部分は閉じている」が出た。一問だけ掘っていたら見えない |
| 道具が横に流れる | #7 の被覆集合の判定機が、そのままリーゼル問題に効いた。CP-SAT は #22・#19・#20 の三問で使った |
| 間隔が残る | 「8 秒で戻した」が記録に残る。自分の行動の記録が、自分の内側より正確 |
効かなかった点もあります。どの問題も、深さが一回分しかありません。#22 だけはそのまま続けて記事一本になりましたが、残りは「入口の地形を測った」ところで止まっています。
出典と再現
この記事に新しい数学はありません。使った定理も既知の記録もすべて公開されているものです。この記事がやったのはそれらを自分の端末で確かめ直し、確かめられた位置と確かめられなかった位置を記録することです。
| 数値 | どこで出したか |
|---|---|
| 78557 の被覆(L=36、被覆されない剰余なし) | この端末。有限の確認 |
| 39,278 → 351 の絞り込み | この端末。gmpy2、4 秒 |
| 被覆集合を持つ k ≤ 78557 は 78557 のみ | この端末。PARI/GP で 2L−1 を因数分解、numpy で一括判定 |
| 格子の相異距離 D(m=128,512,2048) | この端末 |
| ケイリーグラフの検査(この回は 8,713 個。現在は 9,805 個) | この端末。CP-SAT の AddCircuit |
| |Ш| の逆算(5 曲線) | この端末。PARI/GP。ellsaturation が必須 |
| 4 乗数 7 個の n ≢ 2 (mod 4) の被覆(周期 96 まで) | この端末。7 個とも覆えない |
| 代数的分解が使える奇数 m の分類(cq・c⁴) | 既知(Capelli の判定)の整理 |
| 残る 5 個の篩の重み | この端末。Proth 重みとして既知の量 |
この回の記録で、いちばん残るのは 8 秒という数字です。正方形ペグ問題を引いて、8 秒で引き直した。なぜ戻したのかは記録にありません。残っているのは、8 秒だったという事実だけ。行動の記録は、行動した者の内観より正確でありうる——順と間隔を実測で残すという進め方は、そのためにあります。