computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 1 部 数学の準備リー群とリー環

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

リー群とリー環 — 曲がった群を、単位元での接線の空間で読む

この章で分かること — 行列の群の「無限小の元」の集まりがベクトル空間(リー環)になり、群の掛け算の食い違いが交換子として残ること。指数写像で群に戻れる範囲。構造定数と Killing 形式が、群が単純か・コンパクトかを映すこと。

前提となる章 — 1-02 群とは何か(SO(3)・SU(2)・二重被覆・準同型)と、その前提の 1-01(行列の指数関数・エルミートとユニタリ)。多様体は使わず、行列の群に限ります(一般のリー群は 1-05 の後で読めます)。

先に言うこと — この章は準備で、質量ギャップについては何も示しません。定理の多くは証明を載せずに引き、「既知」の札を付けます。数値は有限次元の行列の計算で、証明の代わりではありません。

この章の順序
  1. 無限小の元を見る — 曲がった群と平らな接空間
  2. 行列リー群とそのリー環 — 指数写像・次元
  3. 指数写像はどこまで届くか — 単位元の近くでは一対一/寄り道:SL(2, ℝ) の届かない元(動く図)
  4. 交換子は食い違いの二次の項 — 縦列駐車(動く図)・1-02 の θ2\theta^2
  5. リー環という構造 — Jacobi 恒等式・SU(2) と SO(3)・随伴
  6. 構造定数 — 数学と物理の二つの流儀
  7. Baker–Campbell–Hausdorff の式 — 交換子だけで積が決まる(動く図)
  8. Killing 形式 — 単純とコンパクトを符号で見る(表の行を選ぶ図)
  9. ヤン–ミルズの中のリー環 — 不変な内積・結合定数の数

01

無限小の元を見る

1-02 の SO(3) や SU(2) は、元が実数のパラメータで連続に動く群です。空間としては曲がっている(SU(2) は三次元の球面)ので、単位元のごく近くだけを一次近似します。比喩で言えば、曲がった地表でも足元の地図は平面で描けます。正確には、g(0)=Ig(0)=I となる群の中の曲線 g(t)g(t) の速度 g′(0)g'(0) を全部集めた平らなベクトル空間がリー環です。

R(t)=(cos⁡t−sin⁡tsin⁡tcos⁡t)=etJ,R′(0)=J=(0−110)R(t)=\begin{pmatrix}\cos t&-\sin t\\ \sin t&\cos t\end{pmatrix}=e^{tJ},\qquad R'(0)=J=\begin{pmatrix}0&-1\\ 1&0\end{pmatrix}

平面の回転 SO(2) のリー環は JJ の実数倍です(1-01 §08)。掛け算の順序は二次の項に残り(§04)、その情報だけで単位元の近くの掛け算が復元できます(§07)。ヤン–ミルズ理論ではゲージ変換が群に、ゲージ場がリー環に値をとります(3-02)。

02

行列リー群とそのリー環

定義 GL(n,C)\mathrm{GL}(n,\mathbb{C})(可逆な複素 n×nn\times n 行列の群)の部分群 GG で閉じているもの(元の列が可逆な行列に収束すれば極限も GG の元)を行列リー群と呼びます 既知。そのリー環は

g={ X∈Mn(C):すべての実数 t で etX∈G }\mathfrak{g}=\{\,X\in M_n(\mathbb{C}) : \text{すべての実数 } t \text{ で } e^{tX}\in G\,\}

で、X↦eXX\mapsto e^X を指数写像と呼びます。単位元から出る曲線 etXe^{tX} の速度が XX です(1-01 §08 の (a))。条件は「すべての tt で」で、eX∈Ge^X\in G だけでは足りません。例えば単位元だけの群 G={I}G=\{I\} と X=2πJX=2\pi J では eX=I∈Ge^X=I\in G ですが、t=14t=\tfrac14 の etXe^{tX} は 90° の回転で GG に入りません。

例:U(n)。条件 etX†etX=Ie^{tX^\dagger}e^{tX}=I を t=0t=0 で微分すると X†=−XX^\dagger=-X。逆にこのとき etXe^{tX} はユニタリです(1-01 §09)。det⁡etX=ettr⁡X\det e^{tX}=e^{t\operatorname{tr}X} から、行列式 1 の条件は tr⁡X=0\operatorname{tr}X=0 になります。

su(n)={X:X†=−X, tr⁡X=0}\mathfrak{su}(n)=\{X : X^\dagger=-X,\ \operatorname{tr}X=0\}

リー環は実ベクトル空間で(ii 倍するとエルミートになって外れる)、その次元を群の次元と呼びます(1-02 の表の「実パラメータ」の個数)。同じ計算で次の表になります 既知。

群群の元の条件リー環の元の条件次元
SO(n)実、R⊤R=IR^{\top}R=I、det⁡R=1\det R=1実、X⊤=−XX^{\top}=-Xn(n−1)/2n(n-1)/2
U(n)U†U=IU^\dagger U=IX†=−XX^\dagger=-Xn2n^2
SU(n)U†U=IU^\dagger U=I、det⁡U=1\det U=1X†=−XX^\dagger=-X、tr⁡X=0\operatorname{tr}X=0n2−1n^2-1
SL(n, ℝ)実、det⁡g=1\det g=1実、tr⁡X=0\operatorname{tr}X=0n2−1n^2-1
03

指数写像はどこまで届くか

単位元の近くでは、指数写像は一対一で逆も連続です 既知。逆写像は対数の級数 log⁡(I+A)=A−A22+A33−⋯\log(I+A)=A-\tfrac{A^2}{2}+\tfrac{A^3}{3}-\cdots(∥A∥<1\lVert A\rVert\lt 1)で、近くの元は小さい XX でただ一通りに eXe^X と書けます(指数座標)。

遠くでは、SU(2) は 1-02 の U(θ,n)=exp⁡(−iθ2 n⋅σ)U(\theta,n)=\exp(-\tfrac{i\theta}{2}\,n\cdot\sigma) ですべての元に届き(全射)、θ を 4π ずらしても同じ元なので一対一ではありません。コンパクトでつながった群では指数写像は全射です 既知。

寄り道:SL(2, ℝ) には指数関数で届かない元がある

寄り道

飛ばしてよい小節です。後の章の前提になりません。コンパクトでない群の例です。

X∈sl(2,R)X\in\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R}) は X=(abc−a)X=\begin{pmatrix}a&b\\ c&-a\end{pmatrix} の形です。成分を掛けて確かめられるとおり X2=(a2+bc)I=−δIX^2=(a^2+bc)I=-\delta I(δ=det⁡X=−a2−bc\delta=\det X=-a^2-bc)で、2×2 でトレースが 0 の行列はいつもこうなります。そこで 1-01 §08 の例と同じく、指数関数の級数を偶数次と奇数次に分けると

tr⁡eX=2cos⁡δ (δ>0),2 (δ=0),2cosh⁡−δ (δ<0)どれも ≥−2\operatorname{tr}e^X=2\cos\sqrt{\delta}\ (\delta\gt 0),\quad 2\ (\delta=0),\quad 2\cosh\sqrt{-\delta}\ (\delta\lt 0)\qquad\text{どれも } \ge -2

よって g=diag⁡(−2,−12)g=\operatorname{diag}(-2,-\tfrac12)(行列式 1、トレース −2.5)はどの eXe^X にもなりません 既知。それでも §01 の JJ で g=eπJediag⁡(log⁡2,−log⁡2)g=e^{\pi J}e^{\operatorname{diag}(\log 2,-\log 2)} と二つの積には書けます。計算無作為な XX 20 万個で、tr⁡eX\operatorname{tr}e^X の最小値は −2.000000 でした。

図 1 つまみで δ=det⁡X\delta=\det X(横軸)を動かすと、tr⁡eX\operatorname{tr}e^X(縦軸)の点が曲線の上を動きます。曲線は −2 の破線より下に出ないので、gg のトレース −2.5(点線)には届きません。「動かす」で δ を −4 から 40 まで送ります。
XX の例δ=det⁡X\delta=\det Xtr⁡eX\operatorname{tr}e^X
diag⁡(1,−1)\operatorname{diag}(1,-1)(伸び縮み)−13.08616
E12E_{12}((1, 2) 成分だけが 1。冪零)02.00000
3J3J(回転の仲間)9−1.97998
πJ\pi J9.8696−2.00000
計算この図の数値はこの端末で計算しました。表は行列の指数関数の数値計算、曲線は上の閉じた式をその場で計算(両者の相対差は 4.2×10⁻¹⁶ 以下)。
04

交換子は食い違いの二次の項

etX=I+tX+t22X2+O(t3)e^{tX}=I+tX+\tfrac{t^2}{2}X^2+O(t^3) を四つ掛けると、一次の項は消えて二次が残ります。

etXetYe−tXe−tY=I+t2 [X,Y]+O(t3),[X,Y]=XY−YX(1)e^{tX}e^{tY}e^{-tX}e^{-tY}=I+t^2\,[X,Y]+O(t^3),\qquad [X,Y]=XY-YX \tag{1}

左辺を群の交換子、[X,Y][X,Y] を交換子と呼びます。[X,Y]≠0[X,Y]\ne0 なら、四手で一周するはずの道が t2t^2 の程度だけ閉じません。

例:縦列駐車。平面上の「向きをもつ点」(位置 (x,y)(x,y)・向き α\alpha)の群 SE(2) を 3×3 行列で書きます。

g=(cos⁡α−sin⁡αxsin⁡αcos⁡αy001),[J,P]=P⊥g=\begin{pmatrix}\cos\alpha&-\sin\alpha&x\\ \sin\alpha&\cos\alpha&y\\ 0&0&1\end{pmatrix},\qquad [J,P]=P_\perp

JJ は左上に §01 の JJ を置いた回転、PP・P⊥P_\perp は (1, 3)・(2, 3) 成分だけが 1 の並進の行列です。右から etPe^{tP} を掛けると「向いた方へ tt 進む」、etJe^{tJ} は「その場で左へ tt 回る」。比喩で言えば、その場で回れるが横には動けない台車です。正確には、(1) から「前進 → 左に回る → 後退 → 右に回る」は et2[P,J]=e−t2P⊥e^{t^2[P,J]}=e^{-t^2P_\perp}(右へ t2t^2 の並進)に三次まで等しく、厳密なずれは (t(1−cos⁡t), −tsin⁡t)(t(1-\cos t),\,-t\sin t) です。

図 2 つまみで一歩 tt を変えると、四手の後のずれ(点線と「ずれ」の字)が変わります。一歩が同じ長さに見えるよう拡大しており、すき間が tt に比例して縮むことが「ずれは t2t^2 の大きさ」の表れです。「順を入れ替える」とずれは逆向き。
tt前後のずれ Δx\Delta x横のずれ Δy\Delta yΔy/t2\Delta y/t^2
0.60.1048−0.3388−0.94107
0.14.996×10⁻⁴−9.983×10⁻³−0.99833
0.015.000×10⁻⁷−1.000×10⁻⁴−0.99998
計算この図の数値はこの端末で計算しました。表は行列の指数関数の積で、厳密な式との差は 2×10⁻¹⁶ 以下。図はその式をその場で計算。

1-02 の θ² の理由。1-02 §04 の、x 軸と y 軸の回転を逆順に施した食い違いは、角が θ² に近く軸はほぼ −z でした。生成子 (La)bc=−εabc(L_a)_{bc}=-\varepsilon_{abc}(ε123=1\varepsilon_{123}=1 の完全反対称記号)で Rx=eθL1R_x=e^{\theta L_1}、Ry=eθL2R_y=e^{\theta L_2}、[L1,L2]=L3[L_1,L_2]=L_3。食い違い D=RyRxRy−1Rx−1D=R_yR_xR_y^{-1}R_x^{-1} は (1) の形なので D=I−θ2L3+O(θ3)D=I-\theta^2L_3+O(\theta^3)、−z 軸まわりの角 θ² の回転です。計算log⁡D/θ2\log D/\theta^2 と −L3-L_3 の差は θ = 10° で 0.12、1° で 0.012 でした。

05

リー環という構造

g\mathfrak{g} が交換子で閉じたベクトル空間であることの筋 既知。和:Lie の積公式 et(X+Y)=lim⁡m→∞(etX/metY/m)me^{t(X+Y)}=\lim_{m\to\infty}(e^{tX/m}e^{tY/m})^m(§07)の右辺は GG の元の列で、GG は閉じている。交換子:gesYg−1=es gYg−1ge^{sY}g^{-1}=e^{s\,gYg^{-1}} から etXYe−tX∈ge^{tX}Ye^{-tX}\in\mathfrak{g}、これを t=0t=0 で微分すると XY−YXXY-YX。

行列を忘れた定義では、リー環とは、実ベクトル空間と双線形な演算 [⋅,⋅][\cdot,\cdot] の組で、次を満たすもの(二つ目が Jacobi 恒等式)です。

[X,Y]=−[Y,X],[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0[X,Y]=-[Y,X],\qquad [X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0

三次元の外積もリー環で、L(v)=∑avaLaL(v)=\sum_av_aL_a は L(v)w=v×wL(v)w=v\times w、[L(a),L(b)]=L(a×b)[L(a),L(b)]=L(a\times b) を満たします。

リー環は局所しか見ない。1-02 の二重被覆 ρ:SU(2)→SO(3)\rho:\mathrm{SU}(2)\to\mathrm{SO}(3) を単位元で微分すると、交換子を保つ一対一の線形写像 su(2)→so(3)\mathfrak{su}(2)\to\mathfrak{so}(3) になります(§06 で構造定数が一致することを見ます)。核 {±I}\{\pm I\} は離れた二点で単位元の近くに現れず、720° か 360° かの違いは大域的で、リー環には映りません。

随伴。群はリー環に Ad⁡gX=gXg−1\operatorname{Ad}_gX=gXg^{-1} で働き、その微分が ad⁡XY=[X,Y]\operatorname{ad}_XY=[X,Y] です。Ad⁡eX=ead⁡X\operatorname{Ad}_{e^X}=e^{\operatorname{ad}_X} が成り立ちます 既知。ゲージ場はゲージ変換で Ad を通して変わります(3-02)。表現としては 1-04 で扱います。

06

構造定数

基底 X1,…,XdX_1,\dots,X_d を選ぶと [Xa,Xb]=∑cfabcXc[X_a,X_b]=\sum_cf_{ab}{}^{c}X_c と書け、係数 ff を構造定数と呼びます。反対称性と Jacobi 恒等式が ff の条件になります 既知。

物理の流儀(e−itTe^{-itT} と書く)では、エルミートな TaT^a で [Ta,Tb]=ifabcTc[T^a,T^b]=if^{abc}T^c と書き、繰り返す添字 cc の和の記号を省きます。Xa=−iTaX_a=-iT^a と置けば [Xa,Xb]=fabcXc[X_a,X_b]=f^{abc}X_c で、実数の ff は二つの流儀で同じです。su(N)\mathfrak{su}(N) で tr⁡(TaTb)=12δab\operatorname{tr}(T^aT^b)=\tfrac12\delta^{ab} と規格化すると、fabcf^{abc} は完全反対称(どの二つの添字を入れ替えても符号が変わる)です。交換子の式に TcT^c を掛けてトレースをとると tr⁡([Ta,Tb]Tc)=i2fabc\operatorname{tr}([T^a,T^b]T^c)=\tfrac{i}{2}f^{abc} なので

fabc=−2i tr⁡([Ta,Tb]Tc)=−2i(tr⁡(TaTbTc)−tr⁡(TbTaTc))f^{abc}=-2i\,\operatorname{tr}\bigl([T^a,T^b]T^c\bigr)=-2i\bigl(\operatorname{tr}(T^aT^bT^c)-\operatorname{tr}(T^bT^aT^c)\bigr)

トレースは巡回的(tr⁡(PQ)=tr⁡(QP)\operatorname{tr}(PQ)=\operatorname{tr}(QP) から tr⁡(ABC)=tr⁡(CAB)\operatorname{tr}(ABC)=\operatorname{tr}(CAB))なので、右辺は添字の巡回 a→b→c→aa\to b\to c\to a で変わらず、aa と bb の入れ替えで符号を変えます。巡回と一つの入れ替えを組み合わせればどの入れ替えも作れるので、完全反対称です。su(3)\mathfrak{su}(3) の fabcf^{abc} は 1-04 で出します。

07

Baker–Campbell–Hausdorff の式

1-01 §08 で見た eAeB≠eA+Be^Ae^B\ne e^{A+B} の差を、交換子で書く式です。X,YX,Y が十分小さいとき eXeY=eZe^Xe^Y=e^Z で

Z=X+Y+12[X,Y]+112([X,[X,Y]]+[Y,[Y,X]])−124[Y,[X,[X,Y]]]+⋯(2)Z=X+Y+\tfrac12[X,Y]+\tfrac1{12}\bigl([X,[X,Y]]+[Y,[Y,X]]\bigr)-\tfrac1{24}[Y,[X,[X,Y]]]+\cdots \tag{2}

三次までの項は Hall と Kirillov にあります 既知。四次の項は Casas と Murua の論文に 124[X,[Y,[Y,X]]]\tfrac1{24}[X,[Y,[Y,X]]] の形で載っていて、Jacobi 恒等式で (2) の形と等しくなります 既知。四次の係数はこの端末の数値でも確かめました(下の図 3 と表)計算。

X+YX+Y より先はすべて交換子の入れ子で、係数は群によりません 既知。だから単位元の近くの掛け算はリー環で決まります。つながった群は単位元の近くの元の積で生成されるので、群が空間として分かっていれば演算も決まります 既知。ただし、リー環だけから群そのものは決まりません。SU(2) と SO(3) はリー環が同じで、群としては違います。違いは §05 で見た大域的な部分(核 {±I}\{\pm I\})にあります。

so(3)\mathfrak{so}(3) の X=L(1,0,0.3)X=L(1,0,0.3)、Y=L(0.5,1,0)Y=L(0.5,1,0) を tt 倍し、(2) を kk 次で打ち切った誤差を測りました。式が正しければ誤差は tk+1t^{k+1} に比例します。

図 3 log⁡(etXetY)\log(e^{tX}e^{tY}) と kk 次までの式 (2) の差(両対数)。kk 次の誤差は傾き k+1k+1 の直線に乗ります。つまみで tt を動かすと、誤差とそれを tk+1t^{k+1} で割った値が読めます。
ttk = 1k = 2k = 3k = 4
10.5610.1162.48×10⁻²1.19×10⁻²
0.15.28×10⁻³1.02×10⁻⁴2.20×10⁻⁶1.10×10⁻⁷
0.015.27×10⁻⁵1.02×10⁻⁷2.20×10⁻¹⁰1.10×10⁻¹²
t→0t\to0 で 誤差/tk+1/t^{k+1}0.52740.10170.02200.0110
計算この図の数値はこの端末で計算しました(差は作用素ノルム、図は 21 点を埋め込み)。

最後の行の 0.5274・0.1017・0.0220 は次に来る項(12[X,Y]\tfrac12[X,Y]・三次・四次の項)の大きさと一致し、tt の多項式であてはめた係数も (2) と 5×10−95\times10^{-9} 以内で合いました 計算。

Lie の積公式。(2) から (eX/meY/m)m=exp⁡(X+Y+12m[X,Y]+O(m−2))(e^{X/m}e^{Y/m})^m=\exp\bigl(X+Y+\tfrac1{2m}[X,Y]+O(m^{-2})\bigr) で、誤差はおよそ 1/m1/m で減ります。計算上の X,YX,Y で mm = 10・100・1000 の誤差は 4.57×10⁻²・4.57×10⁻³・4.57×10⁻⁴ でした(mm 倍するといずれも約 0.457)。この公式には、X,YX,Y が非有界な作用素(無限次元のヒルベルト空間の上、1-10)の場合への拡張があり、Trotter の積公式と呼ばれます 既知。経路積分で時間を細かく刻む操作がこの形になることは 2-07 で見ます。

08

Killing 形式

ヤン–ミルズの作用には、Ad⁡g\operatorname{Ad}_g で変わらない「長さの二乗」がリー環の上に要ります(§09)。リー環だけから作れる候補が Killing 形式です。

B(X,Y)=tr⁡(ad⁡Xad⁡Y),B(Xa,Xb)=∑c,dfadc fbcdB(X,Y)=\operatorname{tr}\bigl(\operatorname{ad}_X\operatorname{ad}_Y\bigr),\qquad B(X_a,X_b)=\sum_{c,d}f_{ad}{}^{c}\,f_{bc}{}^{d}

BB は対称で、B(Ad⁡gX,Ad⁡gY)=B(X,Y)B(\operatorname{Ad}_gX,\operatorname{Ad}_gY)=B(X,Y)、B([Z,X],Y)+B(X,[Z,Y])=0B([Z,X],Y)+B(X,[Z,Y])=0 の意味で不変です 既知。su(2)\mathfrak{su}(2) では ad⁡Xa=La\operatorname{ad}_{X_a}=L_a なので B(Xa,Xb)=tr⁡(LaLb)=−2δabB(X_a,X_b)=\operatorname{tr}(L_aL_b)=-2\delta_{ab}、負の定値です。

部分空間 i\mathfrak{i} がイデアルとは [g,i]⊂i[\mathfrak{g},\mathfrak{i}]\subset\mathfrak{i} のこと。単純とは可換でなくイデアルが 0 と g\mathfrak{g} だけのこと、半単純とは単純なものの直和です(標準の定義は別の形で、それと同値であることが知られています:Kirillov 定義 6.19・系 6.43)。次が知られています 既知。(i) Cartan の判定法:半単純 ⇔ BB が非退化。(ii) コンパクトな群のリー環では BB は負の半定値で、退化する向きはちょうど中心(すべてと可換な元)。逆に、半単純で BB が負の定値なら、コンパクトな群のリー環です。

図 4 下の表の行を選ぶと、そのリー環の基底での BB の行列(色の濃さが大きさ)と固有値の棒が変わります。棒が軸より下なら負、上なら正、軸の上の丸は 0 です。
リー環次元BB の符号(負, 0, 正)読み
su(2)\mathfrak{su}(2)3(3, 0, 0)コンパクト・単純
su(3)\mathfrak{su}(3)8(8, 0, 0)コンパクト・単純
so(4)\mathfrak{so}(4)6(6, 0, 0)コンパクト・半単純(su(2)⊕su(2)\mathfrak{su}(2)\oplus\mathfrak{su}(2))
sl(2,R)\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R})3(1, 0, 2)単純だがコンパクトでない
u(2)\mathfrak{u}(2)4(3, 1, 0)中心 iRIi\mathbb{R}I の向きで退化
SE(2) のリー環3(1, 2, 0)並進のイデアルで退化
Heisenberg(対角 0 の上三角)3(0, 3, 0)B=0B=0
計算この図の数値はこの端末で計算しました(構造定数から ad の行列を作り、BB の行列と固有値を出して埋め込み)。棒の長さは基底の取り方で変わりますが、負・0・正の個数は変わりません(Sylvester の慣性法則 既知。無作為な基底の取り替え 200 回でも同じ個数)。EjkE_{jk} は (j,k)(j,k) 成分だけが 1 の行列です。

計算構造定数から ad の行列を作って BB の固有値の符号を数え、B=2ntr⁡(XY)B=2n\operatorname{tr}(XY)(su(2)\mathfrak{su}(2)〜su(4)\mathfrak{su}(4))と B=(n−2)tr⁡(XY)B=(n-2)\operatorname{tr}(XY)(so(3)\mathfrak{so}(3)〜so(5)\mathfrak{so}(5))を確認しました。不変性のずれは 1.3×10⁻¹² 以下。so(4)\mathfrak{so}(4) が単純でないことは符号からは読めません。

09

ヤン–ミルズの中のリー環

記号の dd(外微分)・∧\wedge(外積)・∗*(ホッジ双対)と形式の積分は 1-06 で定義します。ここでは Tr がどこに現れるかだけを見ます。

Jaffe と Witten の問題説明は、U(1) をコンパクトな群 G に置き換えて曲率を F=dA+A∧AF=dA+A\wedge A とし、Lagrangian と呼ぶ式 L=14g2∫Tr⁡F∧∗FL=\tfrac{1}{4g^2}\int\operatorname{Tr}F\wedge{*F}(時空で積分してあるので、本書の言葉では作用、2-01)の Tr を “an invariant quadratic form on the Lie algebra of G”(G のリー環の上の不変な二次形式)と書いています。この章の言葉では:

次は 1-04 SU(2) と SU(3):パウリ行列と Gell-Mann 行列、随伴表現、コンパクト単純群の一覧。


この章が言えている範囲

項目言えていること言えていないこと
リー環交換子で閉じること(筋)既知。群の交換子の二次の項と SE(2)・SO(3) の数値 計算多様体としてのリー群(1-05 の後)
指数写像局所で一対一 既知。SU(2) で全射(1-02 の式)、SL(2, ℝ) で全射でない(§03 のトレースの式)既知。無作為な 20 万個での確認 計算コンパクトでつながった群なら全射、の証明は載せていない(定理そのものは既知)
BCH・Killing 形式三次までの係数と四次の係数 既知。四次の係数・誤差の次数・表の符号の数値 計算。リー環から群そのものは決まらないこと(SU(2) と SO(3))一般項・収束域、Cartan の判定法とコンパクト性の証明は載せていない(定理そのものは既知)
ヤン–ミルズ作用に不変な二次形式が要ること(一次資料)。コンパクトで単純なら定数倍を除き一つ 既知。正の定値とエネルギー 物理質量ギャップ・理論の構成については何も示していない

出典と再現

もの種別出典・道具
定義、§02 の表、交換子で閉じること、Lie の積公式と Trotter の積公式への拡張、局所で一対一、SL(2, ℝ) の像、Ad⁡eX=ead⁡X\operatorname{Ad}_{e^X}=e^{\operatorname{ad}_X}、BCH の三次まで、単純・半単純、物理の流儀既知(本文を確認)B. C. Hall, “An Elementary Introduction to Groups and Representations”, arXiv:math-ph/0005032 (2000)。定義 2.2・3.13、第 3 章 §5 の例、定理 3.9 とその直後の注意(非有界な作用素への拡張と Reed–Simon への案内)、定理 3.16・3.23、式 (3.17)、第 3 章演習 15、第 4 章、第 6 章 §7
コンパクトでつながった群なら全射、BCH の普遍性と三次まで、演算がリー環から決まることと「群そのものは決まらない」という但し書き、su(n)\mathfrak{su}(n) の複素化、Killing 形式、Cartan の判定法、半単純の定義と直和への分解、コンパクト性と負の定値、不変形式の一意性(複素単純リー環の場合)既知(本文を確認)A. Kirillov Jr., Introduction to Lie Groups and Lie Algebras(講義ノート。著者の所属する Stony Brook 大学のページで公開の PDF。PDF の作成は 2005 年)。番号は講義ノート版のもの(書籍版とずれうる)。注意 3.8(文言は “for compact Lie groups”。本文では単位元を含む成分、つまりつながった群について読む)、定理 3.34・式 (3.15)・系 3.35 とその後の注意、例 3.54、演習 4.4、定義 6.19・6.20・6.34、例 6.35、定理 6.37、系 6.43、定理 6.49
同じ著者の書籍版書誌のみA. Kirillov Jr., An Introduction to Lie Groups and Lie Algebras, Cambridge Studies in Advanced Mathematics 113, Cambridge University Press (2008)
BCH の四次の項既知(本文を確認)F. Casas, A. Murua, “An efficient algorithm for computing the Baker–Campbell–Hausdorff series and some of its applications”, J. Math. Phys. 50 (2009) 033513, arXiv:0810.2656。式 (1.4) の後の Z4=124[X,[Y,[Y,X]]]Z_4=\tfrac1{24}[X,[Y,[Y,X]]]
Trotter の積公式書誌のみH. F. Trotter, “On the product of semi-groups of operators”, Proc. Amer. Math. Soc. 10 (1959) 545–551/M. Reed, B. Simon, Methods of Modern Mathematical Physics, Vol. I(Academic Press, 1972)§VIII.8(節は Hall の案内による)。書誌は Crossref で確認
経路積分(Feynman 積分)を数学として扱った一次資料書誌のみE. Nelson, “Feynman Integrals and the Schrödinger Equation”, J. Math. Phys. 5 (1964) 332–343(書誌は Crossref で確認。時間を刻む形との関係は 2-07)
符号の個数が基底によらないこと(Sylvester の慣性法則)書誌のみJ. J. Sylvester, “A demonstration of the theorem that every homogeneous quadratic polynomial is reducible by real orthogonal substitutions to the form of a sum of positive and negative squares”, The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science 4 (1852) 138–142(書誌は Crossref で確認)
作用の Tr が「G のリー環の上の不変な二次形式」であること、F=dA+A∧AF=dA+A\wedge A、式 (1) を Lagrangian と呼ぶこと一次資料(本文を確認)A. Jaffe, E. Witten, “Quantum Yang–Mills Theory”, Clay Mathematics Institute の公式問題説明(PDF。本文に年の記載は無い。賞の発表は 2000 年と Clay のページで確認)。所収:J. Carlson, A. Jaffe, A. Wiles (eds.), The Millennium Prize Problems, American Mathematical Society/Clay Mathematics Institute (2006)(書誌は Open Library で確認。所収の頁は未確認)
図 1〜図 4 の表、§03・§04・§06〜§08 の数値この端末で計算Python 3.12・NumPy 1.26・SciPy 1.11(expm・logm)。BCH の係数は ∣t∣≤0.05|t|\le 0.05 の 20 点へのあてはめ。Killing 形式は構造定数を最小二乗で求めて作り、不変性は無作為な元 50 組、符号の個数は無作為な基底の取り替え 200 回で確認。tr⁡eX\operatorname{tr}e^X は閉じた式(expm との相対差 4.2×10⁻¹⁶ 以下)
図 1〜図 4図素の JavaScript(図 1・図 2 は式をその場で計算、図 3・図 4 は計算済みの値を埋め込み)

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改訂 2026-10-01:初版。