computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 2 部 物理の準備イジング模型と転送行列

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

寄り道:イジング模型で見るギャップと相関長 — 転送行列の固有値の比が、相関の届く長さを決める

この章で分かること — 転送行列の最大の二つの固有値の比が相関長を決め、1/ξ1/\xi が −log⁡T-\log T のギャップそのものであること。二次元の帯で、高温・臨界点・低温のギャップの三通りの振る舞い。低温で閉じる隙間は、質量ギャップが無いことの印ではないこと。

前提となる章 — 2-08(相関長・臨界点)。04 節と 08 節は 2-05(ギャップ・二準位・二重井戸)と 2-07(虚時間・転送行列)を読んでいると楽です。

先に言うこと — 寄り道なので飛ばしてかまいません。二次元の数値は幅 20 までの帯の計算です。この章はヤン–ミルズの質量ギャップについて何も示していません。

この章の順序
  1. 見取り図 — 相関長の逆数はギャップ
  2. 一次元イジングと転送行列
  3. 相関は固有値の比で減る(図 1・表 1)
  4. 転送行列は虚時間の量子力学
  5. 二次元:帯の転送行列(表 2)
  6. 高温側 — ギャップは残る
  7. 臨界点(図 2)— 1/L1/L で閉じる
  8. 低温側(表 3)— 閉じる隙間と残るギャップ
  9. ヤン–ミルズの言葉に戻す(寄り道:Z₂ ゲージ理論)

01

見取り図 — 相関長の逆数はギャップ

質量ギャップはハミルトニアンの最低の二つの固有値の差(2-05)、相関長は離れた二点の連動が消える長さ(2-08)でした。二つが一つの数であることを、最も簡単な模型で確かめます。

鍵は転送行列です。格子を一列ずつ進む行列 TT の固有値を λ0>λ1≥⋯\lambda_0\gt\lambda_1\ge\cdots、En=−log⁡λnE_n=-\log\lambda_n とすると

1ξ=log⁡λ0λ1=E1−E0(1)\frac1\xi=\log\frac{\lambda_0}{\lambda_1}=E_1-E_0 \tag{1}

です(条件は 04 節)。左辺は統計の量、右辺は「ハミルトニアン」H=−log⁡TH=-\log T のギャップで、一目盛りを虚時間の一刻みと読めば、2-05 の (8) が言う「減衰の速さはギャップ」と同じ内容です。

例。二次元の幅 LL の帯では、E1−E0E_1-E_0 は高温側で正の値に落ち着き、臨界点で 1/L1/L に比例して、低温側で指数関数的に閉じます(05〜08 節)。

02

一次元イジングと転送行列 — 分配関数は行列のトレース

NN 個のスピン σi=±1\sigma_i=\pm1 を輪に並べ(σN+1=σ1\sigma_{N+1}=\sigma_1)、隣どうしを結合します。K=βJK=\beta J、B=βhB=\beta h とし、外場の項を隣の二点に半分ずつ配ると、重みは隣の対ごとの因子の積です。

e−βH=∏i=1Nexp⁡(Kσiσi+1+B2(σi+σi+1))(2)e^{-\beta H}=\prod_{i=1}^N\exp\Bigl(K\sigma_i\sigma_{i+1}+\tfrac B2(\sigma_i+\sigma_{i+1})\Bigr) \tag{2}

一つの因子は σi\sigma_i と σi+1\sigma_{i+1} だけで決まるので 2×22\times2 の行列になり(行が σi\sigma_i、列が σi+1\sigma_{i+1}、+1+1 が一行目)、和は輪を一周して戻るのでトレースです。

T=(eK+Be−Ke−KeK−B),ZN=∑σ∏iTσiσi+1=tr⁡TN=λ0N+λ1N(3)T=\begin{pmatrix}e^{K+B}&e^{-K}\\ e^{-K}&e^{K-B}\end{pmatrix},\qquad Z_N=\sum_{\sigma}\prod_iT_{\sigma_i\sigma_{i+1}}=\operatorname{tr}T^N=\lambda_0^N+\lambda_1^N \tag{3}

TT は実対称なので固有値は実で(1-01)、

λ0,1=eKcosh⁡B±e2Ksinh⁡2B+e−2K(4)\lambda_{0,1}=e^K\cosh B\pm\sqrt{e^{2K}\sinh^2B+e^{-2K}} \tag{4}

です。NN が大きいと ZN≈λ0NZ_N\approx\lambda_0^N です。分配関数を行列の最大固有値で求める方法は Kramers–Wannier 1941 が一次元の鎖で実行し、二次元へ進めたものです 既知。

例。計算N=14N=14、K=0.7K=0.7、B=0.2B=0.2 で 2142^{14} 個の配置を全部足した ZNZ_N と相関は、(3) のトレースの式と丸め誤差の範囲(相関の差 10−1310^{-13} 未満)で一致しました。

03

相関は固有値の比で減る — 一次元に相転移は無い

TT の正規直交な固有ベクトルを v0,v1v_0,v_1、スピンを S=diag⁡(1,−1)S=\operatorname{diag}(1,-1) で表します。N→∞N\to\infty では輪の残りが λ0N−rv0v0T\lambda_0^{N-r}v_0v_0^{\mathsf T} に置き換わり、間の TrT^r を固有値で展開すると距離 rr の相関が出ます。

m=v0TSv0,G(r)=⟨σ0σr⟩−m2=(v0TSv1)2(λ1λ0)r=(1−m2)(λ1λ0)r(5)m=v_0^{\mathsf T}Sv_0,\qquad G(r)=\langle\sigma_0\sigma_r\rangle-m^2=(v_0^{\mathsf T}Sv_1)^2\Bigl(\frac{\lambda_1}{\lambda_0}\Bigr)^r=(1-m^2)\Bigl(\frac{\lambda_1}{\lambda_0}\Bigr)^r \tag{5}

最後の等号は v0=(cos⁡φ,sin⁡φ)v_0=(\cos\varphi,\sin\varphi)、v1=(−sin⁡φ,cos⁡φ)v_1=(-\sin\varphi,\cos\varphi) とおくと m=cos⁡2φm=\cos2\varphi、v0TSv1=−sin⁡2φv_0^{\mathsf T}Sv_1=-\sin2\varphi となることから出ます。相関長は (1) の通りです。B=0B=0 なら λ0=2cosh⁡K\lambda_0=2\cosh K、λ1=2sinh⁡K\lambda_1=2\sinh K で

G(r)=(tanh⁡K)r,ξ=1log⁡coth⁡K  ≈  e2K2(K→∞)(6)G(r)=(\tanh K)^r,\qquad \xi=\frac{1}{\log\coth K}\;\approx\;\frac{e^{2K}}{2}\quad(K\to\infty) \tag{6}

計算表 1 B=0B=0 の固有値と相関長。

KKλ0\lambda_0λ1\lambda_1ξ\xie2K/2e^{2K}/2
13.0861612.3504023.6718613.6945
27.5243917.25372127.29602227.2991
320.13532420.035750201.713984201.7144

どの K<∞K\lt\infty でも λ0>λ1\lambda_0\gt\lambda_1 なので ξ\xi は有限で、外場を切ると m=sinh⁡B/sinh⁡2B+e−4K→0m=\sinh B/\sqrt{\sinh^2B+e^{-4K}}\to0 です。(4) の根号の中は正なので λ0\lambda_0 は λ1\lambda_1 と重ならず、一点あたりの自由エネルギー ff は βf=−lim⁡N→∞1Nlog⁡ZN=−log⁡λ0\beta f=-\lim_{N\to\infty}\frac1N\log Z_N=-\log\lambda_0 で、KK と BB の解析的な関数です。これが一次元に相転移が無いこと(Ising 1925。相転移の定義は 2-08 の 04 節)の、転送行列での理由です 既知。成分がすべて正の一般の正方行列でも最大固有値は重ならず、これを Perron–Frobenius の定理と呼びます(ここでは名前だけ)。直観では、隣が食い違う割合(壁の割合)p=1−tanh⁡K2≈e−2Kp=\frac{1-\tanh K}{2}\approx e^{-2K} がどれほど低温でも 0 にならず、相関は壁を越えるごとに符号を変えるので ξ≈1/(2p)\xi\approx1/(2p) です。

図 1 K と B(= βh)を動かすと、上の鎖の見本の塊の長さ、左の G(r)(対数目盛)の傾き、右の準位の間隔 E₁ − E₀ = 1/ξ が一緒に変わる。「動かす」で K を増やす(冷やす)
K = 1.00 B = 0.00 λ₀ = 3.08616 λ₁ = 2.35040 ξ = 3.6719 m = 0.00000

計算G(r)G(r) と準位は (4)(5) をその場で計算、鎖は v0v_0 から作るマルコフ連鎖の見本(種を固定した乱数)。読み出しは python3 と一致(K=1K=1、B=0.1B=0.1 で ξ=2.9563\xi=2.9563)。

04

転送行列は虚時間の量子力学 — 一つのスピンの二準位

B=0B=0 の TT は eKe^K 倍の単位行列と e−Ke^{-K} 倍の σx=(0110)\sigma^x=\bigl(\begin{smallmatrix}0&1\\1&0\end{smallmatrix}\bigr)(1-04)の和です。eK∗σx=cosh⁡K∗+σxsinh⁡K∗e^{K^*\sigma^x}=\cosh K^*+\sigma^x\sinh K^* と比べると

T=2sinh⁡2K  eK∗σx,tanh⁡K∗=e−2K(同値な形 sinh⁡2K sinh⁡2K∗=1)(7)T=\sqrt{2\sinh2K}\;e^{K^*\sigma^x},\qquad \tanh K^*=e^{-2K}\quad\bigl(\text{同値な形 }\sinh2K\,\sinh2K^*=1\bigr) \tag{7}

と書けます。K∗K^* を双対結合と呼びます(Kramers–Wannier の双対性の量)。T=e−HT=e^{-H}、H=−K∗σx+定数H=-K^*\sigma^x+\text{定数} は横向きの磁場の中の一つのスピン、つまり二準位系(2-05)で、ギャップは E1−E0=2K∗=log⁡coth⁡K=1/ξE_1-E_0=2K^*=\log\coth K=1/\xi です。鎖の方向が虚時間、一目盛りが刻み 1 です(2-07)。結合が強い(低温)ほど K∗K^* は小さく、二準位は寄り、相関は長く続きます。

一般に、TT が正の対称行列(無限次元なら正の自己共役作用素)で固有ベクトルが ∣n⟩|n\rangle なら、観測量 AA の相関は同じ計算で

⟨A0Ar⟩−⟨A⟩2=∑n≥1∣⟨0∣A∣n⟩∣2 e−(En−E0)r(8)\langle A_0A_r\rangle-\langle A\rangle^2=\sum_{n\ge1}|\langle0|A|n\rangle|^2\,e^{-(E_n-E_0)r} \tag{8}

です 既知。例。係数 ⟨0∣A∣n⟩\langle0|A|n\rangle が対称性で 0 になる準位は、その AA の相関に現れません。ギャップは「どの観測量にも効く最も遅い減り方」で、個々の相関はそれ以上の速さで減ります(2-05 表 2 の後の注)。格子ゲージ理論で転送行列が正の自己共役になることは反射正値性から出ます 既知(Osterwalder–Seiler 1978 とされる。詳しくは 5-03)。

05

二次元:帯の転送行列 — 2^L 次の行列

正方格子の二次元イジング模型(B=0B=0、縦横とも KK)を幅 LL の帯に置きます。幅の方向は周期的につなぎ(円筒)、長さの方向を虚時間と読みます。一列の状態は 2L2^L 通りで、列の中の結合を対角行列 V1=exp⁡(K∑jσjσj+1)V_1=\exp(K\sum_j\sigma_j\sigma_{j+1})、隣の列との結合を V2V_2 とすると、(7) を各点に使って

T=V11/2V2V11/2,V2=(2sinh⁡2K)L/2exp⁡(K∗∑j=1Lσjx)(9)T=V_1^{1/2}V_2V_1^{1/2},\qquad V_2=(2\sinh2K)^{L/2}\exp\Bigl(K^*\sum_{j=1}^{L}\sigma^x_j\Bigr) \tag{9}

です。ここで σjx\sigma^x_j は jj 番目のスピンだけを裏返す 2L2^L 次の行列、σjz\sigma^z_j は jj 番目のスピンの符号 ±1\pm1 を掛ける対角行列で、どちらも他のスピンには何もしません。V1V_1 の指数は σjzσj+1z\sigma^z_j\sigma^z_{j+1} の和、V2V_2 の指数は σjx\sigma^x_j の和です。V1V_1 を半分ずつ両側に置くと TT が対称行列になり、04 節の (8) が使えます。TT は一列の量子スピンの系(横磁場イジング鎖)の虚時間の一刻みの形です。二次元の古典統計力学が一次元の量子系になりました。

TT は全反転 σ→−σ\sigma\to-\sigma と交換するので固有ベクトルは偶と奇に分かれ、偶の最大が λ0\lambda_0、奇の最大が λ1\lambda_1、帯の相関長は ξL=1/(E1−E0)\xi_L=1/(E_1-E_0) です(de Queiroz 2011 の式 (1))。臨界点 sinh⁡2Kc=1\sinh2K_c=1(2-08 の (9))は、(7) から K∗=KK^*=K となる自己双対の点です。

計算表 2 幅 LL の帯の準位の差(E2E_2 は三番目の準位)。最下段は L→∞L\to\infty の式の値(06〜08 節)。

LLT/Tc=1.5T/T_c=1.5
E1−E0E_1-E_0
1.2
E1−E0E_1-E_0
1.0
ξL/L\xi_L/L
0.8
E1−E0E_1-E_0
0.8
E2−E0E_2-E_0
80.6667880.3261161.2647457.731e-31.122679
120.6655790.3142851.2695481.173e-30.969005
160.6655130.3116921.2711771.924e-40.907939
20—0.3110691.2719243.287e-50.878022
式0.6655090.3108561.27324000.821788

L=20L=20(220≈1062^{20}\approx10^6 次)も、行列を作らず V1V_1 と V2V_2 を順に掛ける作用だけで求めました。三つの温度で振る舞いがまったく違います。

06

高温側 — ギャップは残り、その上に粒子の帯

T>TcT\gt T_c(K<K∗K\lt K^*)では LL を広げても E1−E0E_1-E_0 は正の値に落ち着きます。帯の固有値には閉じた形があり(Onsager 1944。まとめは Domb 1960 の総説、式の形は de Queiroz 2011 の式 (6)〜(8))、その部品が次の γ(ω)\gamma(\omega) です。右の形は sinh⁡2Ksinh⁡2K∗=1\sinh2K\sinh2K^*=1 から出ます。

cosh⁡γ(ω)=cosh⁡2K∗cosh⁡2K−sinh⁡2K∗sinh⁡2Kcos⁡ω=cosh⁡γ(0)+(1−cos⁡ω)(10)\cosh\gamma(\omega)=\cosh2K^*\cosh2K-\sinh2K^*\sinh2K\cos\omega=\cosh\gamma(0)+(1-\cos\omega) \tag{10}

γ(0)=2∣K∗−K∣\gamma(0)=2|K^*-K| で、表 2 の E1−E0E_1-E_0 は 2(K∗−K)2(K^*-K) に近づきます 計算(T/Tc=1.5T/T_c=1.5、L=16L=16 で差 4×10−64\times10^{-6})。γ(ω)\gamma(\omega) は運動量 ω\omega の一つの粒子のエネルギーと読めます(自由フェルミオンの見方。Schultz–Mattis–Lieb 1964)。帯の上では運動量が 2πn/L2\pi n/L に量子化され、奇の二番目の準位は γ(2π/L)\gamma(2\pi/L) に近く、TcT_c から離れるほどよく合います(L=16L=16 で、T/Tc=1.5T/T_c=1.5 なら 0.763461 と 0.763457、1.2 なら 0.495433 と 0.494596)計算。L→∞L\to\infty でこれらが γ(0)\gamma(0) まで降り、ギャップの上は連続した帯になります(2-05 の 06 節の実例)。

例。臨界点の近くで γ,ω\gamma,\omega が小さいと、(10) の右の形を二次まで展開して

γ(ω)2≈γ(0)2+ω2(11)\gamma(\omega)^2\approx\gamma(0)^2+\omega^2 \tag{11}

で、相対論の E2=m2+p2E^2=m^2+p^2(光速 1、2-04)の形です。正確には、(11) は γ(0)\gamma(0) と ω\omega が小さいときだけの近似です(T/Tc=1.05T/T_c=1.05、ω=0.1\omega=0.1 で左辺 0.017234、右辺 0.017263)計算。

07

臨界点 — ギャップは 1/L で閉じる

T=TcT=T_c では γ(0)=0\gamma(0)=0 で、無限に広い帯のギャップは 0 です。有限の帯では ξL\xi_L が LL に比例して伸び、比例定数は模型の細部に依らない普遍量です。次の (12) の最初の式(一般の関係)は、共形不変性(臨界点で、角度を保つ変換にも形を変えない、という性質。ここでは名前だけ)からの予言です 物理(Cardy 1984。形は de Queiroz 2011 の式 (3)(5))。二次元イジングでは、06 節の帯の固有値の閉じた形から同じ値 4/π4/\pi が出ます 既知。

E1−E0≈2πxL,ξLL  ⟶  12πx=4π=1.273240(x=18)(12)E_1-E_0\approx\frac{2\pi x}{L},\qquad \frac{\xi_L}{L}\;\longrightarrow\;\frac{1}{2\pi x}=\frac4\pi=1.273240\quad\Bigl(x=\tfrac18\Bigr) \tag{12}

xx はスピンの尺度次元で、臨界点で G(r)∼r−2xG(r)\sim r^{-2x}、二次元では 2-08 の η=1/4\eta=1/4 の半分です。例。計算L=18, 20L=18,\ 20 の ξL/L\xi_L/L から、差が c/L2c/L^2 で消えると仮定して外挿すると 1.273248 で、4/π4/\pi との差は 8×10−68\times10^{-6} です。

図 2 T/Tc を動かすと、左の縦線と、右の幅 L ごとの E₁ − E₀(●)・E₂ − E₀(○)(対数目盛)が変わる。左は ξL/L(L = 4〜14、濃いほど広い)と 4/π(破線)。右の破線は L → ∞ の式、点線は低温側の傾き σ。「動かす」で冷やす。表 2 の「図 2 へ」でも温度を選べる
T/Tc = 1.00 L = 14:E₁−E₀ = 0.0562(ξ_L = 17.8) E₂−E₀ = 0.4469 L→∞:ξ_L/L → 4/π = 1.2732

計算図の数値はこの端末で計算しました(L=4L=4〜14、T/Tc=0.72T/T_c=0.72〜1.5 を刻み 0.04(最後だけ 0.02)。python3 の値を有効数字 4 桁で埋め込み)。右の破線と点線は (10)(13) の値をその場で計算。

左の線は幅が違っても TcT_c でほぼ一点に集まり、高温側では LL が大きいほど下へ、低温側では上へ開きます。

08

低温側 — 閉じる隙間と、残るギャップ

T<TcT\lt T_c では E1−E0E_1-E_0 が LL とともに指数関数的に小さくなります。帯の上には「ほぼ全部 ++」と「ほぼ全部 −-」の二つの状態があり、偶と奇の最大固有ベクトルはその和と差です。一方から他方へ移るには帯を横切る長さ LL の壁が要り、その重みは e−σLe^{-\sigma L} 程度です。σ\sigma は壁の単位長さあたりの自由エネルギー(界面張力)で、二次元イジングでは

σ=2(K−K∗)(K>Kc)(13)\sigma=2(K-K^*)\qquad(K\gt K_c) \tag{13}

とされます(反対向きの秩序の境界の自由エネルギーは Onsager 1944 が求めた)。(13) は TcT_c(K=K∗K=K^* の自己双対点)で 0 になり、K→∞K\to\infty では、壁の単位長さあたり食い違う結合一本ぶんの 2K2K(重み eKe^K が e−Ke^{-K} になる)に近づきます。(7) の関係は KK と K∗K^* を入れ替えても成り立つ(tanh⁡K=e−2K∗\tanh K=e^{-2K^*})ので、等価な形は σ=2K+log⁡tanh⁡K\sigma=2K+\log\tanh K です。2-05 の 07 節の二重井戸と同じ構図です。正確には、山の高さに当たるのが壁の自由エネルギー σL\sigma L で、幅に比例して高くなります。

一方、三番目の準位との差 E2−E0E_2-E_0 は閉じず、(10) の粒子二つ分 2γ(0)=4(K−K∗)2\gamma(0)=4(K-K^*) に近づくとされ、表 3 の外挿はそれと矛盾しません 物理。二つ分になるのは、幅の方向を周期的につないだ一列の中では、向きの食い違いが一周すると元に戻るので偶数個しか入らず、食い違い一つが (10) の粒子一つに当たるからです。

計算表 3 T/Tc=0.8T/T_c=0.8。傾きは 12log⁡(E1−E0)L−2(E1−E0)L\frac12\log\frac{(E_1-E_0)_{L-2}}{(E_1-E_0)_L}、補正は前因子を L−1/2L^{-1/2} と仮定したもの、外挿は L−2L-2 と LL の E2−E0E_2-E_0(表 2)から、差が c/L2c/L^2 で消えると仮定したもの。

LL傾き補正した傾きE2−E0E_2-E_0 の外挿
120.464380.418800.838971
160.448540.415150.827635
200.439910.413570.824247
式0.4108940.4108940.821788

傾きは σ\sigma へ、外挿は 4(K−K∗)4(K-K^*) へ向かって動きます。前因子と補正の形は仮定なので、(13) と矛盾しないという水準の確認です。逆に σ\sigma を (13) の値に固定し、前因子を L−pL^{-p} として隣の二つの LL から pp を逆算すると、L=12, 16, 20L=12,\ 16,\ 20 で 0.587、0.564、0.551 と 1/21/2 に近づいていきます 計算。有限の帯(円筒)での一次転移の有限サイズ効果は Privman–Fisher 1983 が論じたとされます。図 2 の右で T/TcT/T_c を 1 より下げると、● が傾き σ\sigma の点線に平行に並んでいくのが見えます。

大事な読み方です。幅 LL が有限なら TT の成分はすべて正なので(V2V_2 の成分は e±Ke^{\pm K} の積)、03 節で名前を挙げた Perron–Frobenius の定理により λ0>λ1\lambda_0\gt\lambda_1、つまり E1−E0>0E_1-E_0\gt0 です(03 節と同じく相転移はありません)。E1−E0→0E_1-E_0\to0 は、幅 LL を無限に広げた極限で秩序状態が ++ と −- の二つになる印で、それぞれの上には正のギャップ(上の E2−E0E_2-E_0 の極限)が残るとされます 物理。閉じる隙間は「真空が二つある」印で、「質量ギャップが無い」印ではありません。質量ギャップを論じるときは、真空が一つであることを別に確かめます(4-11)。

09

ヤン–ミルズの言葉に戻す

この章の対応を並べます。どれも物理の水準の読み替えで、ヤン–ミルズについて何かを示すものではありません 物理。表と下の段落の β\beta は格子ゲージ理論の作用に掛かる定数(g2g^2 の逆に比例。2-08 §08)で、この章の逆温度の β\beta とは別の量です。

イジング模型格子ゲージ理論章
1/ξ=E1−E01/\xi=E_1-E_0最も軽いグルーボールの質量(格子の単位)5-08・4-11
帯の幅 LL を広げる空間の箱を広げる5-04
K→KcK\to K_c で ξ→∞\xi\to\inftyβ→∞\beta\to\infty で ξ(β)→∞\xi(\beta)\to\infty(連続極限)5-05・5-09
界面張力 σ\sigma弦張力5-02・7-03

違いもあります。四次元の非可換ゲージ理論の臨界点は β=∞\beta=\infty にあると信じられ、そこへの近づき方を漸近自由が決めます(4-06)。二次元イジングのような閉じた形の解もありません。

寄り道:Z₂ ゲージ理論とイジング模型

寄り道

飛ばしてよい小節です。

群を Z2={±1}\mathbb{Z}_2=\{\pm1\} にした格子ゲージ理論(5-01 の形でリンク変数が ±1\pm1)は Wegner 1971 が導入したとされます。三次元では三次元イジング模型と双対で、その Wilson ループの面積則の係数が、双対な結合の三次元イジング模型の界面張力に対応するとされます 既知(書誌のみ)。次元と群をそろえれば、上の表の最後の行は比喩ではなく等式になります(三次元での話で、この章の二次元の σ\sigma そのものではありません)。有限群の格子ゲージ理論は 5-10。


この章が言えている範囲

内容状態
一次元の (2)〜(7)・二準位の読み替え・(8)言えている 既知(表 1・全数え上げ 計算)
表 2(L≤20L\le20)・高温側の極限・(10)(11)・臨界点の 4/π4/\pi式は文献 既知、数値の一致は 計算(外挿は c/L2c/L^2 を仮定)。(12) の一般の関係は共形不変性からの予言 物理
界面張力 (13)・E2−E0→4(K−K∗)E_2-E_0\to4(K-K^*)・秩序状態の上に残るギャップ式の形は文献の本文で未確認(「とされる」)物理。(13) の両端の値・表 3・前因子の指数は 計算(表 3 と指数は仮定つきの傾向の確認)
09 節の対応表物理の水準の読み替え 物理。質量ギャップ・連続極限の構成について何も示していない
Z2\mathbb{Z}_2 ゲージ理論と三次元イジング模型の双対既知(書誌のみ・未確認)

出典と再現

もの種別出典・道具
表 1〜3・全数え上げ・分散の照合・前因子の指数・図の数値計算python3(NumPy・SciPy の eigsh。2L2^L 次の作用を行列を作らずに掛ける)。図はブラウザの JavaScript
転送行列の方法・一次元の鎖既知H. A. Kramers, G. H. Wannier, Phys. Rev. 60 (1941) 252。要旨を確認
ξL=1/log⁡(λ0/λ1)\xi_L=1/\log(\lambda_0/\lambda_1)・(10)・双対結合・(12) の形既知S. L. A. de Queiroz, Phys. Rev. E 84 (2011) 031107, arXiv:1105.6248。§I・§II の式 (1)〜(9) を確認。閉じた形のまとめ(総説)C. Domb, Adv. Phys. 9 (1960) 149 は書誌のみ
(12) の一般の関係(共形不変性から)物理J. L. Cardy, J. Phys. A 17 (1984) L385。要旨を確認
帯の固有値の閉じた形・境界の自由エネルギー((13) の出所)既知L. Onsager, Phys. Rev. 65 (1944) 117。要旨を確認(円筒の帯の固有値問題と、境界の自由エネルギーを扱っていること。(13) の式の形は未確認)
自由フェルミオン/一次元で相転移が無いこと既知T. D. Schultz, D. C. Mattis, E. H. Lieb, Rev. Mod. Phys. 36 (1964) 856/E. Ising, Z. Phys. 31 (1925) 253。いずれも書誌のみ
Z₂ ゲージ理論と双対既知F. J. Wegner, J. Math. Phys. 12 (1971) 2259(書誌のみ・未確認)
格子ゲージ理論の転送行列と反射正値性既知K. Osterwalder, E. Seiler, Ann. Phys. 110 (1978) 440(書誌のみ・未確認)
有限の帯での一次転移の有限サイズ効果既知V. Privman, M. E. Fisher, J. Stat. Phys. 33 (1983) 385(書誌のみ・未確認)

次に読む章:3-01 ゲージ原理。ギャップの定義の本体は 4-11、格子の転送行列は 5-03。

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改訂 2026-10-01:初版。