computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)接続の空間と軌道空間

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

幾何としてのゲージ理論 — まっすぐな空間を軌道で割ると、代表を連続には選べなくなる

この章で分かること — 接続の全体 A\mathcal A はまっすぐですが、ゲージで移り合う配位を同一視した軌道空間は曲がり、角を持ちます。ゲージ固定は軌道空間の切り口を選ぶことで、切り口は同じ軌道と何度も交わります(Gribov のコピー)。Singer の定理によれば、S4S^4(と S3S^3)の上の SU(N)SU(N) などの半単純群では連続な切り口が在りません。

前提となる章 — 1-07(接続・ゲージ変換・ホロノミー)と 3-02(非可換の場の強さ)。Haar 測度(§04)、ホモトピー群と主束(§07)はその場で定義します。

先に言うこと — 古典の幾何の章で、量子論も質量ギャップも扱いません。Singer の定理は言明と証明の筋の紹介です。図と表は有限個の辺の格子の模型の計算で、四次元の連続の理論のコピーを数えたものではありません。

この章の順序
  1. 配位の空間 — 場の全体を一点ずつ
  2. 接続の空間 — まっすぐで、穴が無い
  3. ゲージ群と軌道 — 接線と、止める元
  4. 軌道空間 — 曲がり、角を持つ(表 1)。寄り道:軌道空間とギャップ
  5. ゲージ固定は切り口 — コピーと horizon(図 1・表 2)
  6. 一周すると別のコピーへ(表 3)
  7. Singer の定理 — 四段の筋(表 4)
  8. どう回避されてきたか

01

配位の空間 — 場の全体を一つの空間と見る

力学では粒子の位置の全体を一つの空間(配位空間)と見ました(2-01)。場でも接続 AA 一つを一点と見なし、その全体を A\mathcal A と書きます(無限次元)。ゲージ変換で移り合う配位は同じ物理を表すので(3-01)、本当の配位空間は移り合うものを束ねた集まりです。束ねた一つを軌道、その全体を軌道空間 A/G\mathcal A/\mathcal G と呼びます。ゲージ変換は 1-07 の式 (4) と、その格子版(1-07 の式 (7))です。

g⋅A=gAg−1−(dg) g−1,(g⋅U)ℓ=gy Uℓ gx−1(ℓ:x→y)(1)g\cdot A=gAg^{-1}-(dg)\,g^{-1},\qquad (g\cdot U)_\ell=g_y\,U_\ell\,g_x^{-1}\quad(\ell:x\to y) \tag{1}

(1) の UℓU_\ell は、辺 ℓ\ell に沿って xx から yy へ運ぶ平行移動です(1-07 の式 (7))。5-01 の Ux,μU_{x,\mu} は x+aμ^x+a\hat\mu から xx へ運ぶ向きに読むので、この章の記号では UℓU_\ell(ℓ:x+aμ^→x\ell:x+a\hat\mu\to x)に当たります(Uℓ=Ux,μU_\ell=U_{x,\mu}、逆向きの辺では逆元)。

例(格子)。辺に群の元を置く格子(5-01)では、配位は辺の数 EE 個の組 GEG^{E}、ゲージ変換は頂点の数 VV 個の組 GVG^{V} で、有限次元です。問いは二つです。軌道空間はどんな形か。軌道ごとに代表を一つ、連続に選べるか(§07)。

02

接続の空間 — まっすぐで、穴が無い

約束。1-07 と同じく G=SU(N)G=SU(N)、g\mathfrak g は反エルミートで跡 0 の行列、接続は g\mathfrak g 値の 1-形式 A=∑μAμ dxμA=\sum_\mu A_\mu\,dx^\mu です(3-02 の表の A=−igA\mathcal A=-igA をこの章では AA と書き、A\mathcal A は接続の全体に使います)。底空間 MM は R4\mathbb R^4・S4S^4・S3S^3・円周です。二つの接続の差は g\mathfrak g 値の 1-形式で、接続に 1-形式を足せばまた接続です(1-07 §03)。だから A\mathcal A は原点の決まっていないベクトル空間(アフィン空間)です。

At=(1−t)A0+tA1∈A,g⋅At=(1−t) g⋅A0+t g⋅A1(2)A_t=(1-t)A_0+tA_1\in\mathcal A,\qquad g\cdot A_t=(1-t)\,g\cdot A_0+t\,g\cdot A_1 \tag{2}

右の式は、(1) の −(dg)g−1-(dg)g^{-1} が重み (1−t)+t=1(1-t)+t=1 で一度だけ出ることから従います。tt を 1 から 0 へ動かすと A\mathcal A 全体が一点 A0A_0 に連続に縮みます。これを可縮と呼び、§07 の出発点です。接線の向き a,ba,b には内積を入れます。

⟨a,b⟩=−∫M∑μtr⁡(aμbμ) ddx(3)\langle a,b\rangle=-\int_M\sum_\mu\operatorname{tr}\bigl(a_\mu b_\mu\bigr)\,d^dx \tag{3}

反エルミートなら −tr⁡(aμaμ)≥0-\operatorname{tr}(a_\mu a_\mu)\ge0 で、ゲージ変換 a↦gag−1a\mapsto gag^{-1} はこの内積を保ちます。例。格子の U(1)EU(1)^E はトーラスで、縮められない輪を持つので可縮ではありません(格子の配位の空間が可縮でないことは §08 で効きます)。

03

ゲージ群と軌道 — 軌道の接線と、止める元

ゲージ変換の全体 G\mathcal G(滑らかな g:M→Gg:M\to G、積は点ごと)は無限次元の群です。軌道の接線は g=etξg=e^{t\xi}(ξ:M→g\xi:M\to\mathfrak g)を (1) に入れて微分すると出ます。

ddt∣t=0etξ⋅A=−DAξ,DAξ=dξ+[A,ξ](4)\frac{d}{dt}\Big|_{t=0}e^{t\xi}\cdot A=-D_A\xi,\qquad D_A\xi=d\xi+[A,\xi] \tag{4}

DAD_A は随伴表現の共変微分です(3-02 §03)。(3) で部分積分すると(ξ\xi どうしの内積は −∫tr⁡(ξη) ddx-\int\operatorname{tr}(\xi\eta)\,d^dx、境界の項は落とす)、随伴 DA∗D_A^* が決まります。

⟨DAξ,a⟩=⟨ξ,DA∗a⟩,DA∗a=−∑μ(∂μaμ+[Aμ,aμ])(5)\langle D_A\xi,a\rangle=\langle\xi,D_A^*a\rangle,\qquad D_A^*a=-\sum_\mu\bigl(\partial_\mu a_\mu+[A_\mu,a_\mu]\bigr) \tag{5}

向き aa が軌道に直交することは DA∗a=0D_A^*a=0 と同じで、A=0A=0 では Landau の条件 ∂μaμ=0\partial_\mu a_\mu=0 です 既知。止める元。g⋅A=Ag\cdot A=A に右から gg を掛けると gA−dg=AggA-dg=Ag、つまり

g⋅A=A  ⟺  dg+[A,g]=0(6)g\cdot A=A\iff dg+[A,g]=0 \tag{6}

で、平行移動の方程式です(1-07 §04)。gg は一点 mm での値で決まり、g(m)g(m) は AA のホロノミーと可換でなければなりません(Singer 1978 §2)既知。だから基点つきのゲージ群 Gm={g:g(m)=1}\mathcal G_m=\{g:g(m)=1\} はどの接続も動かし(自由に働き)、ホロノミーが共通の不変部分空間を持たない既約な接続を止めるのは中心 ZN\mathbb Z_N(1-04)だけです。A=0A=0 のような可約な接続は大きな群(定数の GG 全体)で止まり、軌道が細くなって軌道空間の角になります。

04

軌道空間 — 曲がり、角を持つ

LL 本の辺が輪になった格子では、ゲージで変わらない量は一周のホロノミー U=UL−1⋯U0U=U_{L-1}\cdots U_0 の共役類だけです(1-07 §06)。U(1)U(1) なら角 Φ\Phi(U=eiΦU=e^{i\Phi})で、軌道空間は円周です。SU(2)SU(2) なら固有値 e±iθe^{\pm i\theta}(0≤θ≤π0\le\theta\le\pi)で決まり、軌道空間は線分 [0,π][0,\pi]、端の U=±1U=\pm1 は止める元が SU(2)SU(2) 全体に跳ね上がる角です。SU(2)≅S3SU(2)\cong S^3(単位四元数、1-12)と見ると、角 θ\theta の共役類は半径 sin⁡θ\sin\theta の球面で、端で一点に潰れます。群の上の、掛け算で変わらない重さ 1 の測度を Haar 測度と呼びます。SU(2)SU(2) では S3S^3 の一様分布です(1-08 §03)。これを軌道空間に落とすと、軌道の面積(分子)を S3S^3 の体積(分母)で割った重みが付きます(Weyl の積分公式)既知。

ρ(θ) dθ=4πsin⁡2θ2π2 dθ=2πsin⁡2θ dθ(7)\rho(\theta)\,d\theta=\frac{4\pi\sin^2\theta}{2\pi^2}\,d\theta=\frac{2}{\pi}\sin^2\theta\,d\theta \tag{7}

計算表 1 4 本の辺をそれぞれ SU(2)SU(2) の Haar 測度で無作為に選んだ環の、ホロノミーの角 θ\theta の分布(200 万標本、標本誤差は 0.0004 以下)。

θ\theta の区間標本(7) の積分
0°–30°0.02890.0288
30°–60°0.16660.1667
60°–90°0.30470.3045
90°–120°0.30440.3045
120°–150°0.16670.1667
150°–180°0.02880.0288

(7) に一致し、辺 1 本でも同じです(Haar 測度の元の積はまた Haar 測度に従う)。角の近くの軌道は小さく、そこに来る確率も小さい。この重みは、ゲージを固定するときに掛ける Faddeev–Popov の行列式(§05 の式 (9) の MM の行列式)と同じ役をします。正確には、有限次元の群で共役を対角形に固定すると、Faddeev–Popov の行列式が sin⁡2θ\sin^2\theta の定数倍(Weyl の因子)になります。無限次元のゲージ固定での行列式は、その形式的な類比です(4-08 §02)。

寄り道:軌道空間とギャップ

寄り道

飛ばしてよい小節です。

量子論の運動エネルギーは、軌道空間のラプラシアンに当たります(4-01)。Karabali–Nair(1996)は Feynman(1981)の論点を “for a finite-dimensional compact manifold the Laplacian has a discrete spectrum, the gap between the first and second eigenvalues being the analogue of the mass gap” とまとめ、ゲージ不変な距離が際限なく大きくならなければギャップが出る、という (2+1) 次元の議論を紹介します 物理。正確には定理ではなく、同じ論文も “have to be understood with regularizations and all that” と断っています。

05

ゲージ固定は切り口 — Gribov のコピーと horizon

ゲージを固定するとは、各軌道から代表を一つずつ選ぶ写像 s:A/G→As:\mathcal A/\mathcal G\to\mathcal A(切り口)を選ぶことです。よく使うのは、軌道の上で原点にいちばん近い点を選ぶ規則です。(4)(5) から

ddt∣t=0∥etξ⋅A∥2=−2⟨A,DAξ⟩=−2⟨DA∗A,ξ⟩(8)\frac{d}{dt}\Big|_{t=0}\|e^{t\xi}\cdot A\|^2=-2\langle A,D_A\xi\rangle=-2\langle D_A^*A,\xi\rangle \tag{8}

で、これがすべての ξ\xi で 0 になるのは ∂μAμ=0\partial_\mu A_\mu=0、Landau ゲージです。Singer は AA を通り軌道に直交する面 SA={A+τ:DA∗τ=0}\mathcal S_A=\{A+\tau:D_A^*\tau=0\} を一般化された Coulomb ゲージと呼び、AA の近くでは面が軌道とちょうど一度ずつ交わる(局所的な切り口)ことを述べます 既知。遠くでは面が軌道に接します。A+τA+\tau での軌道の接線 DA+τξD_{A+\tau}\xi が面に入るのは、次の作用素が 0 でない解を持つときです。

M(τ) ξ=DA∗DA+τ ξ(9)M(\tau)\,\xi=D_A^*D_{A+\tau}\,\xi \tag{9}

そこでは Faddeev–Popov の行列式(M(τ)M(\tau) の行列式)が 0 になります。A=0A=0 なら M(τ)=−∂μDτ,μM(\tau)=-\partial_\mu D_{\tau,\mu} です。MM が正の範囲を Gribov 領域、その境目を horizon、軌道と面の交点の一つひとつを Gribov のコピーと呼びます。Singer の Theorem 8 は、面のどの向きにも十分遠くで軌道に接する点があることを示します。Gribov(1978)は R4\mathbb R^4 の SU(2)SU(2) で、Coulomb ゲージが原点の軌道と遠くでもう一度交わることを見つけました(Singer の紹介による)既知。量子論での数え方は 4-08 §05・§06。

例(図 1)。U(1)U(1) の LL 本の辺の環。基点で g0=1g_0=1、残りを gx=eiαxg_x=e^{i\alpha_x} とすると、(1) で変換した辺の角は ψℓ=θℓ+αℓ+1−αℓ\psi_\ell=\theta_\ell+\alpha_{\ell+1}-\alpha_\ell(添字は LL で一周)です。原点からの離れ方を Mehta ら(2014)と同じ関数で測ります。

E(α)=∑ℓ=0L−1(1−cos⁡ψℓ),∂E∂αj=sin⁡ψj−1−sin⁡ψj(10)E(\alpha)=\sum_{\ell=0}^{L-1}\bigl(1-\cos\psi_\ell\bigr),\qquad \frac{\partial E}{\partial\alpha_j}=\sin\psi_{j-1}-\sin\psi_j \tag{10}

ψ\psi が小さいと E≈12∑ℓψℓ2E\approx\tfrac12\sum_\ell\psi_\ell^2 で、(8) の格子版です。止まる点ではすべての sin⁡ψℓ\sin\psi_\ell が等しく、一様な点 ψℓ=φ\psi_\ell=\varphi と、一部の辺だけ π−φ\pi-\varphi の点があります。一様な点は次の LL 個です。

φk=Φ+2πkL(k=0,…,L−1),E=L (1−cos⁡φk)(11)\varphi_k=\frac{\Phi+2\pi k}{L}\quad(k=0,\dots,L-1),\qquad E=L\,(1-\cos\varphi_k) \tag{11}

そこでの二階微分の行列(格子の Faddeev–Popov 行列)は輪のラプラシアンの cos⁡φk\cos\varphi_k 倍なので、cos⁡φk>0\cos\varphi_k>0 なら極小(Gribov 領域の中のコピー)、負なら極大です。非一様な点は極小になりません(L=3L=3〜99)計算。

図 1 つまみで Φ\Phi を変えると、L=3L=3 の軌道(トーラス)の上の EE の濃淡(濃いほど小さい)と臨界点(● 極小、× 鞍点、○ 極大、kk は (11) の番号)が動きます。「動かす」で Φ\Phi が一周し、k=0k=0 の代表は元の k=1k=1 の位置に着きます。L=3L=3 では途中で horizon を越えるので、着いた先は極大です(§06)。
Φ\Phi極小鞍点極大極小での EE極小の φ\varphi
0°1320.00000°
99°2310.4840, 2.843033°, −87°
135°2310.8787, 2.223545°, −75°
180°2311.5000, 1.500060°, −60°

計算表 2 代表 θ=(0,0,Φ)\theta=(0,0,\Phi) の軌道の臨界点を (10) で列挙し、二階微分で分類。この図の数値はこの端末で計算した(図は同じ式をその場で計算)。JS が無効ならこの表が図の中身です。

Φ\Phi が 90° と 270° の間でだけ、cos⁡φ0>0\cos\varphi_0>0 と cos⁡φ2>0\cos\varphi_2>0 が両立し、Gribov 領域の中にコピーが二つあります。Φ\Phi が増える向きに 90° を越えるとき、k=2k=2 の点と三つの鞍点が一点に重なり、二階微分が 0 になります。これより先で k=2k=2 は極小になります。これが horizon です。Φ=180°\Phi=180° では二つの極小の EE が等しく、最も近い点だけを集めた領域(基本モジュラー領域)の境界がここです。臨界点の符号つきの和が 0 になること(Neuberger の 0/0)は 6-11 §05 にあります。

06

一周すると別のコピーへ — 代表を連続に選び続けると食い違う

図 1 で Φ\Phi を一周させると、(11) の一様な代表は φ=Φ/L\varphi=\Phi/L から (Φ+2π)/L(\Phi+2\pi)/L へ連続に動き、k=1k=1 の代表に着きます。軌道は元に戻ったのに、選んだ代表は別のコピーです。図 1 の L=3L=3 では途中の Φ=270°\Phi=270° で horizon を越え、着いた先は極大(Gribov 領域の外のコピー)です。領域の中にとどまったまま別のコピーに着くのは L≥5L\ge5 です(表 3)。二つのコピーは、点 xx で角 αx=2πx/L\alpha_x=2\pi x/L だけ回すゲージ変換(連続の円の巻き数 1 の変換を格子に写したもの)で移り合います(最後の辺でも α0−αL−1≡2π/L\alpha_0-\alpha_{L-1}\equiv2\pi/L)。

ψℓ ↦ ψℓ+αℓ+1−αℓ≡ψℓ+2πL(mod2π),φk↦φk+1(12)\psi_\ell\ \mapsto\ \psi_\ell+\alpha_{\ell+1}-\alpha_\ell\equiv\psi_\ell+\frac{2\pi}{L}\pmod{2\pi},\qquad \varphi_k\mapsto\varphi_{k+1} \tag{12}

代表を連続に選び続けると一周で食い違う——連続な大域的ゲージ固定を妨げる仕組みの、いちばん小さな姿です。たどる途中で horizon(cos⁡φ=0\cos\varphi=0、つまり Φ=πL/2\Phi=\pi L/2)に当たるかどうかは LL で変わります。

計算表 3 Φ=0\Phi=0 の極小を Φ\Phi に沿って一周たどった結果と、Gribov 領域の中のコピーの数(Φ\Phi を 4000 通り動かした最小〜最大)。

LL領域の中のコピーhorizon に当たる Φ\Phi一周後の代表
31〜2270°—(途中で極小でなくなる)
42360°(一周の端)—
52〜3当たらないφ=2π/5\varphi=2\pi/5(k=1k=1)
84当たらないφ=2π/8\varphi=2\pi/8(k=1k=1)

L≥5L\ge5 では代表は一周の間 Gribov 領域の中にとどまって k=1k=1 のコピーに着き、L≤4L\le4 では途中か端で horizon に当たります。どちらでも元の代表には戻りません 計算。

例(連続の円)。長さ ℓ\ell の円周の U(1)U(1) 接続 A=i a dxA=i\,a\,dx では、Landau の条件は aa を定数にし、巻き数 nn のゲージ変換 e2πinx/ℓe^{2\pi inx/\ell} は aa を a−2πn/ℓa-2\pi n/\ell に移すので、コピーは無限個です。ゲージで変わらないのは aℓ mod 2πa\ell\bmod2\pi だけで、代表を連続に選ぶことは角から実数を連続に選ぶ(連続な対数を取る)ことですが、一周で 2π2\pi ずれるので不可能です 既知。

07

Singer の定理 — 可縮な空間は、穴のある群との積になれない

Singer(1978)は底空間を S4S^4(R4\mathbb R^4 に無限遠の一点を足したもの。遠方でゲージ変換が一定の値に近づく条件に当たる)か S3S^3(ある時刻の空間)とし、コンパクトで連結な半単純群(リー環が単純なものの直和になる群。論文では簡単のため SU(N)SU(N)、N>1N>1)について、要旨で “It is shown that no continuous choice of exactly one connection on each orbit can be made.” と述べ、“No gauge fixing is possible.” と結びます 既知。正確には「連続な大域的ゲージ固定は無い」で、局所的な切り口や不連続な選び方は禁じられません。

ホモトピー群。πk(X)\pi_k(X) は、kk 次元の球面から XX への基点つきの連続写像を、連続変形で移り合うものごとにまとめた類です。π0\pi_0 はつながった成分、π1\pi_1 は輪の類、π3(SU(2))\pi_3(SU(2)) は 1-12 の写像度で、πk(X×Y)=πk(X)×πk(Y)\pi_k(X\times Y)=\pi_k(X)\times\pi_k(Y) です。証明は四段です(Singer 1978 §2)。

  1. A\mathcal A は可縮(§02)。可約な接続の集合 CC を除いた A∗\mathcal A^* も、すべての πj(A∗)=0\pi_j(\mathcal A^*)=0(Theorem 2)。除いた集合 CC はどの点でも、それに直交する無限次元ぶんの向きを残すので、球面の像を CC から押し出せるからです。
  2. G^=G/ZN\hat{\mathcal G}=\mathcal G/\mathbb Z_N(中心 ZN\mathbb Z_N はどの接続も止めるので割っておく)は A∗\mathcal A^* に自由に働き、A∗→N∗=A∗/G^\mathcal A^*\to\mathcal N^*=\mathcal A^*/\hat{\mathcal G} は G^\hat{\mathcal G} をファイバーとする主束(Theorem 1)。主束とは、底(ここでは N∗\mathcal N^*)の各点の上に群 G^\hat{\mathcal G} の写し(ファイバー。ここでは一つの軌道)が乗り、G^\hat{\mathcal G} がそれぞれの写しの中で自由かつ推移的に(1 以外の元はどの点も動かし、どの点もどの点へも移せるように)働く束です。切り口があれば、全体は底と群の積になります。
  3. 連続なゲージがあれば、それが主束の切り口になって束は積 A∗≅N∗×G^\mathcal A^*\cong\mathcal N^*\times\hat{\mathcal G} になり、πj(A∗)=0\pi_j(\mathcal A^*)=0 と積の公式から、すべての jj で πj(G^)=0\pi_j(\hat{\mathcal G})=0 が従う。
  4. ところが G^\hat{\mathcal G} のどれかの πj\pi_j は 0 でない(Theorem 3)。矛盾(Corollary 4)。
πj(Gm)≅πj+r(SU(N))(M=Sr)(13)\pi_j(\mathcal G_m)\cong\pi_{j+r}\bigl(SU(N)\bigr)\qquad(M=S^r) \tag{13}

四段目の道具が (13)(Theorem 5)です。Gm\mathcal G_m は A\mathcal A 全体に自由に働き、(13) からそのホモトピー群のどれかは 0 でないので、A→A/Gm\mathcal A\to\mathcal A/\mathcal G_m にも切り口が無い、と Singer は注意します。

既知表 4 (13) で読む πj(Gm)\pi_j(\mathcal G_m)(M=SrM=S^r)。非可換の欄は Singer の本文(Toda の表を引く)による。

MMU(1)U(1)SU(2)SU(2)SU(N)SU(N)、N≥3N\ge3
S3S^3すべて 0(注)π0(Gm)=π3(SU(2))=Z\pi_0(\mathcal G_m)=\pi_3(SU(2))=\mathbb Zπ0(Gm)=π3(SU(N))=Z\pi_0(\mathcal G_m)=\pi_3(SU(N))=\mathbb Z
S4S^4すべて 0(注)π0(Gm)=π4(SU(2))=Z2\pi_0(\mathcal G_m)=\pi_4(SU(2))=\mathbb Z_2、π2(Gm)=π6(SU(2))=Z12\pi_2(\mathcal G_m)=\pi_6(SU(2))=\mathbb Z_{12}π0(Gm)=π4(SU(N))=0\pi_0(\mathcal G_m)=\pi_4(SU(N))=0(四段目には π1(G^)≠0\pi_1(\hat{\mathcal G})\ne0 を使う)

注:U(1)U(1) の列は、基点つきの写像の空間のホモトピー群 πj(Gm)=πj+r(U(1))\pi_j(\mathcal G_m)=\pi_{j+r}(U(1)) から読んだもので(U(1)U(1) の πk\pi_k は k≥2k\ge2 で 0)、Singer の Theorem 5 は SU(N)SU(N) の言明です。

S3S^3 では、巻き数の違うゲージ変換がつながらないことだけで矛盾が出ます(§06 の円周は π0(Gm)=π1(U(1))=Z\pi_0(\mathcal G_m)=\pi_1(U(1))=\mathbb Z による可換版)。U(1)U(1) の高いホモトピー群は 0 なので S3S^3・S4S^4 では四段目が働かず、Singer も可換なら “An integral submanifold provides the gauge for quantum electrodynamics.” と書きます。障害は、非可換性と遠方の条件が作る位相から来ています 既知。

08

どう回避されてきたか — 格子・局所的なゲージ・軌道空間そのもの

Faddeev–Popov の手順(4-08 §03)は局所的な切り口の上では正しく、大域的にはそのまま使えません。Singer は局所的な切り口の効く領域で軌道空間を覆い、1 の分割(覆いの各片に、足すと至る所で 1 になる重みを割り振ること)で足し合わせる道を挙げ、“This partition of unity argument would be useful if the covering used could be made explicit.” と書きました。以後の仕事は三つの道で障害をよけています。

6-11 §05 は、これを発散とは別の障害の一つ(障害 4)として扱い、格子で片づく部分と、弱結合の解析でゲージ固定が要るときに残る 0/0 に分けています。


この章が言えている範囲

項目言えていること言えていないこと
接続と軌道(1)〜(9) の導出 既知関数空間の位相の入れ方、局所的な切り口の定理の証明
格子の模型表 1〜3・図 1 計算四次元の連続の理論のコピーの数や配置
Singer の定理言明と四段の筋(原論文で確認)既知Theorem 2・5 の証明の再現
寄り道Feynman の見取り図 物理定理ではない
ヤン–ミルズゲージ固定の大域的な障害の意味質量ギャップ・理論の構成については何も示していない

出典と再現

もの種別出典・道具
表 1〜3・図 1この端末で計算Python 3.12・NumPy(ring_copies.py・ring_bruteforce_check.py・su2_classes.py)。図は (10)(11) をその場で計算
Singer の言明・引用・表 4一次資料(本文を確認)I. M. Singer, “Some remarks on the Gribov ambiguity”, Commun. Math. Phys. 60 (1978) 7–12
Gribov のコピー書誌のみV. N. Gribov, “Quantization of non-Abelian gauge theories”, Nucl. Phys. B 139 (1978) 1–23(本文中の中身は Singer §1 の紹介による。Singer は 1977 年の SLAC Translation 176 版を引く)
(10) の関数と二階微分一次資料(§I–II を確認)D. Mehta, N. S. Daleo, J. D. Hauenstein, C. Seaton, Phys. Rev. D 90 (2014) 054504, arXiv:1406.6678
寄り道本文 §1 を確認/Feynman は書誌のみD. Karabali, V. P. Nair, Nucl. Phys. B 464 (1996) 135–152, arXiv:hep-th/9510157;R. P. Feynman, Nucl. Phys. B 188 (1981) 479
§08 の引用本文を確認/要旨A. Jaffe, E. Witten, “Quantum Yang–Mills Theory”(Clay, 2000)§6.5;I. Chevyrev, “Stochastic quantisation of Yang–Mills”, J. Math. Phys. 63 (2022) 091101, arXiv:2202.13359 §1;A. Chandra, I. Chevyrev, M. Hairer, H. Shen, Publ. Math. IHÉS 136 (2022) 1–147, arXiv:2006.04987
(7)・ホモトピー群の値既知(書誌のみ)Weyl の積分公式:T. Bröcker, T. tom Dieck, Representations of Compact Lie Groups, Graduate Texts in Math. 98, Springer (1985) 第 IV 章;球面のホモトピー群:H. Toda, Composition Methods in Homotopy Groups of Spheres, Ann. of Math. Studies 49, Princeton (1962)(Singer の文献表による)

次に読む章:3-05 インスタントンと位相(S4S^4 の束を分ける整数と、作用が最小の軌道)。ゲージ固定の量子論は 4-08。

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改訂 2026-10-01:初版。