computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 6 部 構成的場の理論1/0 と exp(−1/g²)

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

寄り道:「1/0 に記号を与えれば」 — 値を置くと近づき方が消え、ギャップに期待される尺度は e−1/g2e^{-1/g^2} の形をしている

この章で分かること — 1/01/0 に値を置く体系が手放すもの。0/00/0 が運ぶ近づき方と、それを保つ爆発。どの次数でも 0 に見える e−1/g2e^{-1/g^2} と、Borel 平面の極との結び目。

前提となる章 — 4-05 発散の代数、4-12 寄り道:摂動級数は発散する。使う分はその場で定義します。

先に言うこと — 既知の数学と文献の整理で、ヤン–ミルズについて何かを示す章ではありません。「1/01/0 を記号にしても核心は変わらない見込みが高い」は定理ではなく見立てです。Δ∝Λ\Delta\propto\Lambda と renormalon は物理の水準の期待です。

この章の順序
  1. 問いを三通りに読む
  2. 1/0 に値を置く体系と、その代償
  3. 経路を決めると値が決まる
  4. 0/0 は方向を持つ:爆発
  5. 方向を保つ置き換えが効いてきた場所
  6. 発散の代数は 1/0 より多くを運ぶ
  7. どの次数でも 0 に見える量
  8. 1/0 は Borel 平面に現れる
  9. 食い違いを記録する:transseries と renormalon
  10. 記号が運ぶべきもの — 寄り道:論理の側から

01

問いを三通りに読む

「1/01/0 を記号として数学に組み込めば、発散に悩む場の理論の状況は変わるのではないか」。問いは三通りに読めます。(i) 値を置く:1/01/0 や 0/00/0 に一つの値(∞\infty、00、新しい記号 ⊥\bot など)を与える。(ii) 置き換える:特異点を、近づく方向の集まりや境界に取り替える。(iii) 公理を替える。

(iii) は別の問題になります。問題文は 'Existence includes establishing axiomatic properties at least as strong as those cited in [45, 35]'(Wightman と Osterwalder–Schrader の公理)と性質を名指ししているからです(0-03)。既知 この章は (i) と (ii) を調べ、次にたどり着きます。

値を置く⇒近づき方が消える方向を保つ置き換え⇒幾何と摂動論で効いた(1)\begin{aligned}\text{値を置く}&\Rightarrow\text{近づき方が消える}\\ \text{方向を保つ置き換え}&\Rightarrow\text{幾何と摂動論で効いた}\end{aligned} \tag{1}

例:sin⁡x/x\sin x/x は x=0x=0 で 0/00/0 の形でも、極限は 1 に決まります。直線の上の近づき方は左右の二通りで、どちらからも同じ値だからです。平面ではそうはいきません(§04)。

02

1/0 に値を置く体系と、その代償

1/01/0 に値を置く体系はいくつもあり、どれも矛盾なく作られていますが、何かを手放しています(表 1)。

既知表 1 1/01/0 に値を置く体系(IEEE 754 は計算、transreal は書誌のみ)。

体系1/01/0・0/00/0手放すもの
リーマン球面1/0=∞1/0=\infty0⋅∞0\cdot\infty・∞−∞\infty-\infty は未定義。順序は ∞\infty で切れる
wheel(Carlström)0/00/0 も一つの元0x=00x=0 が一般に成り立たない。x−x=0x2x-x=0x^2、x/x=1+0x/xx/x=1+0x/x
meadow(Bergstra ほか)0−1=00^{-1}=0可換環の公理に式 (2) を足すだけで公理化。x≠0x\ne0 でも x x−1≠1x\,x^{-1}\ne1 がありうる
transreal(Anderson ほか)±∞\pm\infty、Φ=0/0\Phi=0/0体ではない。分配則が一部で崩れるとされる
IEEE 754 の浮動小数点1/±0=±∞1/\pm0=\pm\infty、0/0=NaN0/0=\mathrm{NaN}等号の反射律と「x=y⇒1/x=1/yx=y\Rightarrow1/x=1/y」
ゼロ除算の算法(Saitoh ほか)b/0=0b/0=0正則化の経路を一つに固定する(§03)

meadow は可換環(足し算・引き算・掛け算が普通の規則で使える集合。割り算は仮定しない)に、逆元の演算 x↦x−1x\mapsto x^{-1} を足し、

(x−1)−1=x,x⋅(x⋅x−1)=x(2)(x^{-1})^{-1}=x,\qquad x\cdot(x\cdot x^{-1})=x \tag{2}

だけを課します。ここから 0−1=00^{-1}=0 が出ます。体(0 以外の元で割り算ができる可換環。Q\mathbb Q など)に 0−1=00^{-1}=0 と約束したものは meadow で、その直積(成分ごとの演算)も meadow です。たとえば Q×Q\mathbb Q\times\mathbb Q の x=(1,0)x=(1,0) では x−1=(1,0)x^{-1}=(1,0)、x⋅x−1=(1,0)≠(1,1)x\cdot x^{-1}=(1,0)\ne(1,1) です。計算

IEEE 754 の倍精度をこの端末で確かめると、NumPy 1.26 では 1/0・1/(-0)・0/0 が inf・-inf・nan、0.0 == -0.0 は True、nan == nan は False で、Python の 1.0/0.0 は例外 ZeroDivisionError です。計算 同じ数でも答えが違います。「1/01/0 の値」は体系の約束です。符号つきの 0 は「どちら側から来たか」を一ビット残す記号で、代わりに 0=−00=-0 なのに逆数が分かれます。ヤン–ミルズの道具(ヒルベルト空間・スペクトル。1-10)は 0⋅x=00\cdot x=0・引き算・等号に頼ります。隣には 1/ε1/\varepsilon は持つが 1/01/0 は定義しない非標準解析、超関数の積を許す代わりに等号を弱める Colombeau の代数があります(1-11)。

03

経路を決めると値が決まる

Saitoh の草稿(2023)の §2.1 は、b/ab/a を方程式 ax=bax=b の解と見て、Tikhonov の正則化で定めます。既知

xλ(a,b)=arg minx[λx2+(ax−b)2]=abλ+a2,ba:=lim⁡λ→+0xλ(a,b)(3)x_\lambda(a,b)=\mathop{\mathrm{arg\,min}}_{x}\bigl[\lambda x^2+(ax-b)^2\bigr]=\frac{ab}{\lambda+a^2},\qquad \frac ba:=\lim_{\lambda\to+0}x_\lambda(a,b) \tag{3}

a≠0a\ne0 なら普通の b/ab/a、a=0a=0 なら xλ=0x_\lambda=0 なので b/0=0b/0=0 です。罰則を λ(x−c)2\lambda(x-c)^2 に替えると

xλ=λc+abλ+a2 → λ→+0  {b/a(a≠0)c(a=0)(4)x_\lambda=\frac{\lambda c+ab}{\lambda+a^2}\ \xrightarrow[\ \lambda\to+0\ ]{}\ \begin{cases} b/a & (a\ne0)\\ c & (a=0)\end{cases} \tag{4}

で、a=0a=0 の答えは cc そのものです。例:(a,b)=(0,1)(a,b)=(0,1) では λ=1\lambda=1 から 10−810^{-8} まで常に xλ=cx_\lambda=c。(a,b,c)=(2,1,5)(a,b,c)=(2,1,5) では 1.4, 0.511, 0.5001, 0.51.4,\ 0.511,\ 0.5001,\ 0.5 と b/ab/a に近づきます。計算

式 (3) は、方程式 ax=bax=b の Moore–Penrose の一般逆による解の自明な場合でもあり(草稿 §2.1)、矛盾のない定義です。言えるのは、b/0b/0 の値が方程式からではなく、足した罰則——正則化の経路——から来ていることです。場の理論の繰り込みが追いかけるのは、この経路への依存です(§06)。

04

0/0 は方向を持つ:爆発

平面では極限が方向で変わります。

f(x,y)=2xyx2+y2((x,y)≠(0,0))(5)f(x,y)=\frac{2xy}{x^2+y^2}\qquad\bigl((x,y)\ne(0,0)\bigr) \tag{5}

角 θ\theta の半直線 (rcos⁡θ, rsin⁡θ)(r\cos\theta,\,r\sin\theta) の上では f=sin⁡2θf=\sin2\theta で、rr によりません。原点に値を一つ決めても ff は連続になりません。既知

爆発(blow-up)は、原点を方向の集まり(射影直線 RP1\mathbb{RP}^1。θ\theta と θ+π\theta+\pi を同じと見た円)に取り替える操作です。方向は [u:v][u:v] と書きます。[u:v][u:v] は (u,v)≠(0,0)(u,v)\ne(0,0) を 0 でない数倍を除いて見たもの、つまり原点を通る直線の名前です([1:2]=[−2:−4][1:2]=[-2:-4])。正確には、点と方向の組の集合

R2~={ ((x,y),[u:v]) : xv=yu }(6)\widetilde{\mathbb R^2}=\bigl\{\,((x,y),[u:v])\ :\ xv=yu\,\bigr\} \tag{6}

を作ります。原点の外では方向が一つに決まるので元の平面と同じで、原点の上にだけ円が一つ載り、全体は開いたメビウスの帯です(1-05)。この上で f=2uv/(u2+v2)f=2uv/(u^2+v^2) は、原点の上の円まで込めて連続です。

図 1 つまみで方向 θ\theta を回すと、その方向から原点に近づくときの値 sin⁡2θ\sin2\theta が、左の平面と右の爆発に同時に示される。右は横が θ∈[0,π)\theta\in[0,\pi)、縦が符号つきの距離 rr で、中央の横線 r=0r=0 が原点の代わりの円。左右の辺は矢印に合わせて上下を逆に貼る。「動かす」で方向が回る
JavaScript が無効なら:θ=0∘,30∘,45∘,90∘,135∘\theta=0^\circ,30^\circ,45^\circ,90^\circ,135^\circ の方向から近づくと値は 0, 0.866, 1, 0, −10,\ 0.866,\ 1,\ 0,\ -1。

計算この図の値は式 (5) を図の中で計算している(色の濃さが ∣f∣|f|、二色が符号)。

右の絵は、点 (rcos⁡θ, rsin⁡θ)(r\cos\theta,\,r\sin\theta) を θ∈[0,π)\theta\in[0,\pi) と符号つきの rr で表したものです。r<0r<0 の点は方向 θ+π\theta+\pi の側にありますが、sin⁡2θ\sin2\theta は θ→θ+π\theta\to\theta+\pi で変わらないので、値は縦の縞になり、中央の横線 r=0r=0 を横切っても途切れません。θ=π\theta=\pi は θ=0\theta=0 と同じ方向で、そこでは rr の符号が入れ替わるので、右の辺の (π,r)(\pi,r) を左の辺の (0,−r)(0,-r) と貼ります。上下を逆に貼るので、帯はメビウスの帯になります。0/00/0 に一つの値を置く記号には、この縞を載せる場所がありません。

05

方向を保つ置き換えが効いてきた場所

特異点を取り替えて効いてきた例は、どれも近づき方を保つ形です。既知

ヤン–ミルズの中でも同じです。Singer(1978)は、連続な大域的ゲージ固定が無いことから Faddeev–Popov の方法に 'an infinity in the determinant of the Jacobian' が生じると注意し、局所的なゲージ固定を 1 の分割で貼り合わせる道を挙げます(3-04・4-08)。格子の Δ=mlat/a\Delta=m_{\mathrm{lat}}/a は a→0a\to0 で 0/00/0 の形で、意味を持つのは次元の無い比 mlat/σlatm_{\mathrm{lat}}/\sqrt{\sigma_{\mathrm{lat}}} の極限です(5-09)。効いてきたのは幾何と摂動論の側で、非ガウスの測度と質量ギャップには、まだ届いていません。

06

発散の代数は 1/0 より多くを運ぶ

紫外発散は正則化した量の族として来ます。小さな模型:

I(p;η)=∫η∞e−pxx dx,I(p;δ)=∫0∞xδ−1e−px dx=Γ(δ) p−δ(7)\begin{aligned}I(p;\eta)&=\int_\eta^\infty\frac{e^{-px}}{x}\,dx,\\ I(p;\delta)&=\int_0^\infty x^{\delta-1}e^{-px}\,dx=\Gamma(\delta)\,p^{-\delta}\end{aligned} \tag{7}

左は下端を切って ln⁡(1/η)\ln(1/\eta) のように、右は冪をずらして 1/δ1/\delta のように発散します。「1/01/0」と書けば同じですが、速さも形も違い、それでも差は同じ値に行きます。

I(1;⋅)−I(2;⋅) ⟶ ln⁡2=0.693147…(8)I(1;\cdot)-I(2;\cdot)\ \longrightarrow\ \ln2=0.693147\ldots \tag{8}

計算表 2 二つの正則化(この端末の SciPy)。

η\etaI(1;η)I(1;\eta)差δ\deltaI(1;δ)I(1;\delta)差
10−210^{-2}4.0379300.68322210−210^{-2}99.4325850.686831
10−410^{-4}8.6332250.69304710−410^{-4}9999.4228830.693083
10−810^{-8}17.8434650.69314710−610^{-6}999999.4227850.693147

尺度 μ\mu を選んで IR(p;μ)=lim⁡η→0[I(p;η)+ln⁡(ημ)]=−γ−ln⁡(p/μ)I_R(p;\mu)=\lim_{\eta\to0}[I(p;\eta)+\ln(\eta\mu)]=-\gamma-\ln(p/\mu)(γ\gamma は Euler の定数)と差し引くと、有限部分は μ\mu によりますが差はよりません。計算 この自由度と、μ\mu を動かしたときの有限部分の動きが、繰り込み群の芽です(4-04)。

場の理論では「どう発散するか」を運ぶ記号化が既に厳密に作られています(4-05)。BPHZ の差し引き、無限大が一度も現れない Epstein–Glaser の方法、次元正則化の極 1/ε1/\varepsilon を形式的な記号として Birkhoff 分解する Connes–Kreimer の Hopf 代数です。ヤン–ミルズの摂動的な繰り込み可能性は 't Hooft、't Hooft–Veltman、Lee–Zinn-Justin らにより 1971–72 年に確立し(BRS 対称性による整理が続きます)、Costello が BV 形式で別の証明を与えました。既知 記号化は 1/01/0 より多くを運ぶ形で実現していて、それでも問題は残っています。残りは値の割り当ての問題ではありません。

07

どの次数でも 0 に見える量

h(x)={e−1/x(x>0)0(x≤0)(9)h(x)=\begin{cases} e^{-1/x} & (x>0)\\ 0 & (x\le0)\end{cases} \tag{9}

は微積分の定番です。x>0x>0 で h(n)(x)=Pn(1/x) e−1/xh^{(n)}(x)=P_n(1/x)\,e^{-1/x}、Pn+1(u)=u2(Pn(u)−Pn′(u))P_{n+1}(u)=u^2(P_n(u)-P_n'(u))(たとえば P2=u4−2u3P_2=u^4-2u^3)で、u→∞u\to\infty で uke−u→0u^ke^{-u}\to0 だから、すべての nn で h(n)(0)=0h^{(n)}(0)=0。テイラー級数は恒等的に 0 なのに、hh は x>0x>0 で 0 ではありません。既知

e−1/xe^{-1/x} はどの冪よりも速く 0 に行きますが、勝ち始めるのは遅く、e−1/x/xke^{-1/x}/x^k の最大値は x=1/kx=1/k での kke−kk^ke^{-k} です。例:e−1/x/x10e^{-1/x}/x^{10} は x=0.1x=0.1 で 4.5×1054.5\times10^5、x=0.05x=0.05 で 2.1×1042.1\times10^4、x=0.02x=0.02 でやっと 1.9×10−51.9\times10^{-5} です。計算

物理ではこの形が尺度 Λ\Lambda に現れます。一ループの走る結合は αs(μ2)=(b0ln⁡(μ2/Λ2))−1\alpha_s(\mu^2)=(b_0\ln(\mu^2/\Lambda^2))^{-1} で、Particle Data Group(PDG)の総説は Λ\Lambda を 'the scale where the perturbatively-defined coupling would diverge' と説明します(一ループでの走る結合の「1/01/0」)。逆に解くと

Λ=μ exp⁡ ⁣(−12b0 αs(μ2))=μ exp⁡ ⁣(−8π2β0 g2),β0=11N3(10)\begin{aligned}\Lambda&=\mu\,\exp\!\Bigl(-\frac{1}{2b_0\,\alpha_s(\mu^2)}\Bigr)\\ &=\mu\,\exp\!\Bigl(-\frac{8\pi^2}{\beta_0\,g^2}\Bigr),\quad \beta_0=\frac{11N}{3}\end{aligned} \tag{10}

です(純 SU(N)SU(N)、αs=g2/4π\alpha_s=g^2/4\pi。PDG の b0=(33−2nf)/12πb_0=(33-2n_f)/12\pi で N=3N=3、nf=0n_f=0。4-07)。(10) は g2g^2 の関数として (9) の形なので、Λ\Lambda に比例する量は gg の冪級数のどの次数でも 0 に見えます。質量ギャップは Λ\Lambda に比例すると期待されています。物理 例:SU(3)SU(3) で g2=1g^2=1 なら Λ/μ=7.6×10−4\Lambda/\mu=7.6\times10^{-4}、g2=2g^2=2 なら 2.8×10−22.8\times10^{-2}(g2g^2 は仮)。計算 問題文 §6.6 も 'the mass gap is not classically visible' と書きます(6-10)。

08

1/0 は Borel 平面に現れる

係数が n!n! の級数

F(x)∼∑n=0∞n! xn(11)F(x)\sim\sum_{n=0}^{\infty}n!\,x^n \tag{11}

は各項が有限でも、どの x>0x>0 でも収束しません。項は nn が 1/x1/x に届くまで減り、その先で増えます。最小の項は Stirling の公式から 2π/x e−1/x\sqrt{2\pi/x}\,e^{-1/x} 程度で、打ち切りの精度はそこで頭打ちです(図 2)。Borel 和は、係数を n!n! で割った B(t)=∑tn=1/(1−t)B(t)=\sum t^n=1/(1-t) を作り、∫0∞e−ttn dt=n!\int_0^\infty e^{-t}t^n\,dt=n! で戻します。

S(x)=∫0∞e−t B(xt) dt=∫0∞e−t1−xt dt(12)S(x)=\int_0^\infty e^{-t}\,B(xt)\,dt=\int_0^\infty\frac{e^{-t}}{1-xt}\,dt \tag{12}

積分の道の上、t=1/xt=1/x に極があります。この章の「1/01/0」はここ——Borel 平面——に現れます。小さな半円 t=1/x+ρeiϕt=1/x+\rho e^{i\phi} で極を避けると、上を回れば ϕ\phi は π\pi から 00 へ、下を回れば −π-\pi から 00 へ動くので、∫dt/(t−1/x)=∫i dϕ\int dt/(t-1/x)=\int i\,d\phi は上で −iπ-i\pi、下で +iπ+i\pi です。被積分関数は 11−xt=−1x⋅1t−1/x\frac{1}{1-xt}=-\frac1x\cdot\frac{1}{t-1/x} なので符号が反転し、極の近くで e−t≈e−1/xe^{-t}\approx e^{-1/x} と置くと、半円の寄与は上で +iπe−1/x/x+i\pi e^{-1/x}/x、下で −iπe−1/x/x-i\pi e^{-1/x}/x になります。上を回る和を S+S_+、下を回る和を S−S_- と書くと

S±(x)=PV ⁣ ⁣∫0∞e−t dt1−xt±iπ e−1/xx,PV ⁣ ⁣∫0∞e−t dt1−xt=e−1/x Ei(1/x)x(13)\begin{aligned}S_{\pm}(x)&=\mathrm{PV}\!\!\int_0^\infty\frac{e^{-t}\,dt}{1-xt}\pm i\pi\,\frac{e^{-1/x}}{x},\\ \mathrm{PV}\!\!\int_0^\infty\frac{e^{-t}\,dt}{1-xt}&=\frac{e^{-1/x}\,\mathrm{Ei}(1/x)}{x}\end{aligned} \tag{13}

と食い違います。PV は極の両側から対称に近づけた主値、Ei(y)=PV ⁣∫−∞yes ds/s\mathrm{Ei}(y)=\mathrm{PV}\!\int_{-\infty}^{y}e^{s}\,ds/s は指数積分です。二つは虚部の符号だけが違い、虚部の大きさは πe−1/x/x\pi e^{-1/x}/x です。上下の差は S+−S−=2πi e−1/x/xS_+-S_-=2\pi i\,e^{-1/x}/x で、大きさはその 2 倍です。最適な打ち切りの誤差も食い違いも、e−1/xe^{-1/x} に xx の冪を掛けた大きさです(表 3)。計算

図 2 つまみで xx を変えると、項 n! xnn!\,x^n(対数目盛)の谷が動き、Borel 和の虚部の大きさ πe−1/x/x\pi e^{-1/x}/x(破線。上下の差はその 2 倍)と並ぶ。「動かす」で xx が往復する
JavaScript が無効なら表 3 を参照。

計算この図の値は、項 n! xnn!\,x^n と πe−1/x/x\pi e^{-1/x}/x を図の中で計算している。

計算表 3 表の数値はこの端末で計算した(SciPy)。N∗N^\ast は最小の項の番号。右端の列は Borel 和の虚部の大きさで、上下の差はその 2 倍。

xx主値 PVN∗N^\ast最小の項min⁡N∣SN−PV∣\min_N|S_N-\mathrm{PV}|虚部の大きさ πe−1/x/x\pi e^{-1/x}/x
0.051.05595619, 202.32e−87.70e−91.30e−7
0.101.1314709, 103.63e−41.20e−41.43e−3
0.151.23925168.20e−32.74e−32.67e−2
0.201.3538314, 53.84e−21.26e−21.06e−1
09

食い違いを記録する:transseries と renormalon

食い違いを残すには、e−1/xe^{-1/x} を独立な単位として足します。

F(x)=∑n≥0n! xn + σ e−1/xx + ⋯(14)F(x)=\sum_{n\ge0}n!\,x^n\ +\ \sigma\,\frac{e^{-1/x}}{x}\ +\ \cdots \tag{14}

極の避け方の選択は係数 σ\sigma の選択に移り、近づき方の情報は 1/01/0 の値ではなく e−1/xe^{-1/x} の係数に記録されます。このような形式的な和を transseries、この方向の研究を resurgence と呼びます(4-12)。既知

ヤン–ミルズでは摂動級数が αsn n!\alpha_s^n\,n! 型に発散すると考えられています(renormalon)。(赤外)renormalon の n!n! は、ループ運動量の積分のうち運動量が Λ\Lambda に近い領域——一ループの走る結合が発散する点の近く——からの寄与と考えられています。運動量の大きい側から来る紫外の renormalon も別にあるとされます。PDG は 'closely connected with non-perturbative contributions' と書きつつ、今ある次数では 'not usually visible' とします。物理 resurgence の物理の水準の結果は、R×S1\mathbb R\times S^1 上の二次元 CP(N−1)CP(N-1) 模型(ねじれた境界条件。Dunne–Ünsal 2012)や、R3×S1\mathbb R^3\times S^1 にコンパクト化した、随伴フェルミオンつきの四次元ゲージ理論(Argyres–Ünsal 2012)にあり、R4\mathbb R^4 上の純ヤン–ミルズにはありません。

10

記号が運ぶべきもの

値を置く体系は、演算の規則を弱めるか経路を一つに固定して成り立ち、近づき方の情報を捨てます。効いてきたのは近づき方を保つ置き換えと、発散の速さを運ぶ記号(1/ε1/\varepsilon の Birkhoff 分解、繰り込み群)で、どちらも幾何と摂動論の側です。既知 ギャップの尺度と期待される Λ\Lambda は e−1/g2e^{-1/g^2} の形で、どの次数にも映りません。物理 残る障害——体積に一様な評価・無限体積極限・非自明性・反射正値性・ゲージ軌道空間——は値の割り当ての問題ではありません(6-11)。

寄り道:論理の側から

寄り道

飛ばしてよい小節です。

元の言語の文について新しい定理を生まない拡張が保守的拡大です。Nelson(1977)の内部集合論 IST の Theorem 8.8 は 'Every internal theorem of IST is a theorem of ZFC'(Powell の結果)です。ZFC は通常の数学の公理系、内部定理は IST が新たに足した述語「標準」を使わない文で書かれた定理のことです。IST は 1/ε1/\varepsilon を扱い、1/01/0 は定義しません。既知 ただ「保守的な記号は定理を増やさないから無力」は決め手になりません。グラフの Hopf 代数も正則性構造も Perelman のエントロピーも通常の数学の中の定義による拡張です。それでも、正則性構造は特異確率偏微分方程式の解の構成に、Perelman のエントロピーは幾何化予想の証明に使われ、Hopf 代数は繰り込みの組合せを見通しよくしました。記号の評価は「何を運ぶか」の水準でしかできません。

この本の読み(未検証)

「質量ギャップは 1/01/0 の問題ではなく e−1/g2e^{-1/g^2} の問題である」。確信度は中程度です。transseries も形式的な対象で、それだけでは測度も体積に一様な評価も与えません。R4\mathbb R^4 上の純ヤン–ミルズでは、resurgence は物理の水準でも確立していません。


この章が言えている範囲

内容
言えている表 1 の体系は演算の規則を弱めるか経路を一つに固定している(wheel・meadow・ゼロ除算の算法は本文、IEEE 754 はこの端末で確かめた範囲。transreal は書誌のみ)既知計算
言えている式 (5) の爆発、式 (9) のテイラー係数が 0 であること、§05・§06 の既知の例既知
言えている表 2・表 3 と §02・§03・§07 の数値。Borel 和の食い違いと最適な打ち切りの誤差が、ともに e−1/xe^{-1/x} に冪を掛けた大きさであること計算
言えていない四次元ヤン–ミルズの摂動級数の発散・renormalon・Δ∝Λ\Delta\propto\Lambda(物理の期待)。1/01/0 の記号化が原理的に無力であること(見立て)。e−1/g2e^{-1/g^2} を運ぶ記号がギャップに届くこと(この本の読み)。このサイトはヤン–ミルズについて何も示していない

出典と再現

もの種別出典・道具
問題文(§6.6・公理の指定)本文A. Jaffe, E. Witten, Quantum Yang–Mills Theory, Clay Mathematics Institute (2000)
走る結合・b0b_0・renormalon本文 §9.1.1・脚注 1Particle Data Group, Review of Particle Physics (2024), §9
wheel・meadow・ゼロ除算の算法本文J. Carlström, Research Reports in Math. 2001:11, Stockholm Univ.(誌版 Math. Struct. Comput. Sci. 14 (2004) 143–184)/Bergstra–Hirshfeld–Tucker, arXiv:0901.0823 §1/S. Saitoh, Division by Zero Calculus; an extended version(草稿 2023)§2.1
IST・Singer の注意本文E. Nelson, Bull. Amer. Math. Soc. 83 (1977) 1165–1198(p.1196)/I. M. Singer, Comm. Math. Phys. 60 (1978) 7–12
その他要旨Axelrod–Singer, J. Differential Geom. 39 (1994) 173–213/Bergbauer–Brunetti–Kreimer, arXiv:0908.0633/Connes–Kreimer, Comm. Math. Phys. 210 (2000) 249–273/Epstein–Glaser, Ann. IHP A 19 (1973) 211–295/Dunne–Ünsal, arXiv:1210.2423, JHEP 11 (2012) 170(R×S1\mathbb R\times S^1・ねじれた境界条件は本文の節見出しで確認)/Argyres–Ünsal, arXiv:1206.1890, JHEP 08 (2012) 063
ゼロ除算の算法の原典書誌のみM. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh, M. Yamane, Int. J. Appl. Math. 27 (2014) 191–198/S. Saitoh, Springer Proc. Math. Stat. 177 (2016) 151–182(ISAAC 2015 の講演録)。いずれも草稿の文献表 [58]・[115] による
繰り込み可能性書誌のみG. 't Hooft, Nucl. Phys. B 33 (1971) 173–199 と B 35 (1971) 167–188/'t Hooft–Veltman, Nucl. Phys. B 50 (1972) 318–353/B. W. Lee, J. Zinn-Justin, Phys. Rev. D 5 (1972) 3121–3137(続編 3137・3155)/Becchi–Rouet–Stora, Ann. Phys. 98 (1976) 287–321/Costello, AMS (2011)
その他書誌のみAnderson–Völker–Adams, Proc. SPIE 6499 (2007)/IEEE Std 754-2019/Colombeau, North-Holland (1984)/Uhlenbeck, Comm. Math. Phys. 83 (1982) 11–29/Fulton–MacPherson, Ann. of Math. 139 (1994) 183–225/'t Hooft–Veltman, Nucl. Phys. B 44 (1972) 189–213(次元正則化)/M. Beneke, Phys. Rep. 317 (1999) 1–142, arXiv:hep-ph/9807443(renormalon)/M. Hairer, Invent. Math. 198 (2014) 269–504(正則性構造)/G. Perelman, arXiv:math/0211159(エントロピー)
表 2・表 3、§02・§03・§07 の例、図 1・図 2計算この端末の Python 3・NumPy 1.26・SciPy 1.11(E1E_1・Γ\Gamma・Ei\mathrm{Ei}、主値は Cauchy 重みの数値積分と 12 桁一致、meadow は有理数で検算)。図は式 (5) と n! xnn!\,x^n を図の中で計算

次に読む章:7-01 物理はどう見ているか。尺度 Λ\Lambda を物理がどう扱うかから第 7 部が始まります。

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改訂 2026-10-01:初版。