computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 6 部 構成的場の理論発散以外の障害

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

発散以外の障害 — 無限大を一つも含まない格子の上にも、問題は残っている

この章で分かること — 紫外の発散を取り除いた格子にも残る六つの障害と、そのどこまでが発散の問題か。三つを最小の例の計算で見ること(摂動論の次数と e−c/αe^{-c/\alpha}、ゲージ固定の符号の和 0、体積だけで 0 に向かう真空の重なり)。

前提となる章 — 6-10 四次元で止まる場所。道具は 2-06(Fock 空間)・3-04(ゲージ軌道空間)・4-08(ゲージ固定)・4-10(反射正値性)・5-01(格子)。

先に言うこと — 文献にある障害を並べ直した章で、どれも取り除いていません。六つという数え方と発散かどうかの判定はこの本の整理です。計算は最小の例で、四次元のヤン–ミルズの計算ではありません。

この章の順序
  1. 試し方 — 格子間隔を固定する
  2. 障害 1:赤外に小さな径数が無い — 群を替える
  3. 障害 2:摂動論に映らない — 表 1・図 1
  4. 障害 3:自由場に潰れないこと — 自明性と 0/0
  5. 障害 4:状態空間が曲がっている — 発散に還元できる部分と、残る 0/0(表 2)
  6. 障害 5:反射正値性 — 破れる例
  7. 障害 6:無限自由度の構造 — 真空の重なり(図 2)
  8. 六つを並べる — 表 4
  9. 寄り道:位相のセクターと θ

01

試し方:発散を消しても残るか

「難しさは無限大の処理だ」という説明は一面です。この章は障害を次の試しにかけます。格子間隔 aa を固定したまま(紫外の切断を残したまま)でも、その障害は残るか。残るなら、発散をどう処理しても片づきません。

発散とは、自由場の一点の分散 Ga(0)≈0.1549/a2G_a(0)\approx0.1549/a^2(四次元)のように切断を外すと無限大に向かう量でした(6-01 §02)。格子間隔を固定した有限の箱の格子ゲージ理論は、有限次元の積分です。

⟨F⟩β,Λ=1Zβ,Λ∫F(U) e−βS(U)∏ℓ∈ΛdUℓ,0<Zβ,Λ≤1(1)\langle F\rangle_{\beta,\Lambda}=\frac{1}{Z_{\beta,\Lambda}}\int F(U)\,e^{-\beta S(U)}\prod_{\ell\in\Lambda}\mathrm dU_\ell,\qquad 0\lt Z_{\beta,\Lambda}\le1 \tag{1}

Λ\Lambda は箱の辺の集合、dUℓ\mathrm dU_\ell は重さ 1 の Haar 測度、SS は Wilson の作用、β\beta は格子の逆結合(逆温度ではない。大きい β\beta が弱結合)です(6-10 の式 (3))。無限大は一つもありません。

例:それでも、箱だけを Z4\mathbb Z^4 へ広げた理論について、Chatterjee の講演スライド(日付の記載なし。PDF の作成日は 2020 年 9 月)は 'Even showing any kind of correlation decay at large β for non-Abelian theories in 3D and 4D is open.' と書きます。既知 その後、有限群については Adhikari–Cao が弱結合での相関の減衰を示しました。既知 この章が読んだ文献の範囲では、いま開いているのは、連続な非可換 Lie 群(SU(N)SU(N) など)の場合です。結果は 表 4 にまとめます。

02

障害 1:赤外に小さな径数が無い

厳密な評価の多くは小さな数による展開ですが、四次元のヤン–ミルズの結合は短い距離で弱く(漸近自由)、長い距離で強くなり、赤外の側には展開の足場が見当たりません(6-10 §05)。展開が収束する小さい β\beta(強い結合)は、連続極限 β→∞\beta\to\infty の反対の岸です。正確には、強結合展開が収束する β\beta の範囲は 0 の近くに限られ、連続極限が要る β→∞\beta\to\infty とは重なりません。

格子の上の目標は Chatterjee(2018)の Problem 5.1 です。ゲージ不変な局所的な量の相関が e−∣x−y∣/ξe^{-|x-y|/\xi} で減る長さ ξ(β)\xi(\beta)(格子単位)について

0<ξ(β)<∞(すべての β>0),lim⁡β→∞ξ(β)=∞(2)0\lt\xi(\beta)\lt\infty\quad(\text{すべての}\ \beta\gt0),\qquad \lim_{\beta\to\infty}\xi(\beta)=\infty \tag{2}

を示すこと(四次元・コンパクトな非可換 Lie 群)。既知 前半はどの格子間隔でもギャップがあること、後半は連続極限の見込みです(5-09)。

例:群を替えると (2) は壊れます。U(1)U(1) は大きい β\beta で質量ゼロの相に入り、面積則が破れます(Guth 1980、厳密には Fröhlich–Spencer 1982)。既知 有限群は弱結合で相関が指数的に減りますが(Adhikari–Cao)既知、閉じ込めず連続極限も無いと考えられています。物理 SU(N)SU(N) はすべての β\beta で閉じ込めの相と信じられています。物理

どの群にも同じく働く議論は U(1)U(1) で誤るので、効くはずなのは「連続で非可換な群で、相転移の点が β=∞\beta=\infty にあってもギャップが残る」ことです(5-06・5-10)。欠けているのは、結合が O(1)O(1) に育つ尺度を体積によらずに渡る評価です。

03

障害 2:摂動論に映らない

物理の見立てでは、質量ギャップは理論のただ一つの尺度 Λ\Lambda の定数倍で(4-07)、一ループの繰り込み群では尺度 μ\mu での結合 gg と次の関係にあります。物理

Λμ=exp⁡(−12b0g2)=exp⁡(−cNα),b0=11N48π2,α=g24π,cN=6π11N(3)\frac{\Lambda}{\mu}=\exp\Big(-\frac{1}{2b_0g^2}\Big)=\exp\Big(-\frac{c_N}{\alpha}\Big),\qquad b_0=\frac{11N}{48\pi^2},\quad \alpha=\frac{g^2}{4\pi},\quad c_N=\frac{6\pi}{11N} \tag{3}

b0b_0 は結合の走り μ dg/dμ=−b0g3+⋯\mu\,\mathrm dg/\mathrm d\mu=-b_0g^3+\cdots の係数です(4-06)。右辺はどの冪よりも速く 0 に近づきます。

lim⁡α→0+α−n e−c/α=0(n=0,1,2,… )(4)\lim_{\alpha\to0^+}\alpha^{-n}\,e^{-c/\alpha}=0\qquad(n=0,1,2,\dots) \tag{4}

だから α=0\alpha=0 のテイラー係数はすべて 0 で、摂動論はどの次数でも Λ=0\Lambda=0 と答えます(量子力学では 2-06)。既知

例:αn\alpha^n が e−cN/αe^{-c_N/\alpha} と等しくなる次数 n∗=cN/(αln⁡(1/α))n_*=c_N/\big(\alpha\ln(1/\alpha)\big) は、結合が小さいほど増えます。

計算表 1 e−cN/αe^{-c_N/\alpha} と次数 n∗n_*(c2=0.8568c_2=0.8568、c3=0.5712c_3=0.5712)。

α\alphaSU(2)SU(2)n∗n_*SU(3)SU(3)n∗n_*
0.305.75e−22.371.49e−11.58
0.101.90e−43.723.31e−32.48
0.053.61e−85.721.09e−53.81
0.022.48e−1910.953.95e−137.30
0.016.16e−3818.611.56e−2512.40
図 1 nn を動かすと、e−c/αe^{-c/\alpha} が αn\alpha^n を上回る帯(縦は常用対数)が動く。帯の左には αn\alpha^n が大きい範囲が必ず残る
SU(3)、n = 5:0.0337 < α < 0.878 でだけ e^(−c/α) が αⁿ を上回る。α < 0.0337 では αⁿ の方が大きい

計算この図の数値はこの端末で計算した(式 (3) と交点の二分法)。

欠けているのは無限大の値ではなく、級数に載らない情報です。級数の発散は別の現象です。問題文(Jaffe–Witten 2000、以下 JW)は §6.1 で、摂動級数は多くの例で 'divergent expansions' だと書きます。Beneke(1999)は 'The sum of a convergent series may still differ from R by exponentially small terms exp(−1/α)' と書きます。既知 収束する級数でも e−c/αe^{-c/\alpha} は取りこぼされえます(4-12・6-12)。

04

障害 3:自由場に潰れないこと

発散を処理して極限が取れても、自由場(ガウス測度)なら答えではありません(JW §4 は非自明な理論を求める)。平均 0 の場の二点・四点の相関 S2S_2、S4S_4 から

u4(x1,x2,x3,x4)=S4−[S2(x1,x2)S2(x3,x4)+S2(x1,x3)S2(x2,x4)+S2(x1,x4)S2(x2,x3)](5)u_4(x_1,x_2,x_3,x_4)=S_4-\big[S_2(x_1,x_2)S_2(x_3,x_4)+S_2(x_1,x_3)S_2(x_2,x_4)+S_2(x_1,x_4)S_2(x_2,x_3)\big] \tag{5}

を作ると、ガウスなら u4≡0u_4\equiv0 です(Wick の法則。6-08 §01)。

例:四次元の ϕ4\phi^4 は、格子で紫外を切って臨界点に寄せた無限体積のスケーリング極限がガウスになります(Aizenman–Duminil-Copin 2021)。既知 発散は処理済みで、それでも極限は自由場です。SU(2)SU(2) のヤン–ミルズ–Higgs の特別なスケーリング極限もガウスで、非ガウスな極限は 'remains open' とされます(Chatterjee 2026)。既知

何を固定するかも同種の問題です。物理の単位の質量 mlat(β)/a(β)m_{\mathrm{lat}}(\beta)/a(\beta) は 0/0 の形で、意味を持つのは m/σm/\sqrt\sigma のような次元の無い比の極限、つまり 0 に向かう速さの比です(5-09)。要件は 6-08 §10。

05

障害 4:状態空間が曲がっている

測度を置く場所は、接続の空間をゲージ変換で割った軌道空間で、線形空間ではありません(3-04)。軌道とは、ゲージ変換で互いに移り合う接続の集まりです。Singer(1978)は、S4S^4(R4\mathbb R^4 に無限遠点を一つ足したもの)の上で、非可換なコンパクト群について、各軌道から接続をちょうど一つずつ連続に選ぶことはできないと示しました('No gauge fixing is possible.')。既知 題の「曲がっている」は比喩で、正確には、この二つ(線形空間でないこと、代表を大域的に連続には選べないこと)を指します。

発散に還元できる部分

形式的な dA\mathrm dA(無限次元のルベーグ測度のつもりのもの)では Z=∞Z=\infty になり(Chatterjee 2018)、軌道の体積も無限大と見込まれます(Singer 1978)。格子はここを片づけます。式 (1) はゲージを固定せずに有限です。

残る 0/0

残るのは、弱結合の解析でゲージの固定が要るときです。Bałaban は細胞ごとに変わる局所的なゲージを使います(6-05 §05)。格子の全体で一つの共変な(Landau 型の)ゲージを BRST 対称に固定すると、次の 0/0 が現れます(Neuberger 1987。式は Mehta–Daleo–Hauenstein–Seaton 2014 の (2))。既知 使う言葉を一行ずつ定義します(詳しくは 4-08)。

ZGF=∑Gribov のコピーsign⁡det⁡MFP=χ(G)N=0(6)Z_{\mathrm{GF}}=\sum_{\text{Gribov のコピー}}\operatorname{sign}\det M_{\mathrm{FP}}=\chi(G)^{N}=0 \tag{6}

NN は格子点の数で、ゲージ変換は各点に群 GG の元を一つずつ置くものなので、動かす空間は GG の NN 個の積です。符号の和はその Euler 標数 χ(G)N\chi(G)^N で、正の次元のコンパクトな連結 Lie 群では χ(G)=0\chi(G)=0 です。ゲージ不変な量は軌道の上で一定なので、ゲージを固定した期待値は分子も分母も 0 になり、0/0 です。

例:円 S1=U(1)S^1=U(1) の上の滑らかな関数では極大と極小が交互に並び、符号の和は χ(S1)=0\chi(S^1)=0 です。NN 点の環で、Mehta らの式 (3) の F=∑j(1−cos⁡(ϕj+θj+1−θj))F=\sum_j\big(1-\cos(\phi_j+\theta_{j+1}-\theta_j)\big) の臨界点をすべて数えました(θj\theta_j は点 jj のゲージ変換の角で、全体を一様に回す自由度を除くため θ0=0\theta_0=0 とおく。ϕj\phi_j は辺の角で一様乱数、300 軌道)。

計算表 2 U(1)U(1) の環のゲージ固定。

NNコピーの数符号の和極小の数
2201
3601〜2
41202
828004
12554406

コピーの数は調べた軌道ですべて同じで、偶数の NN で N2(NN/2)\frac N2\binom{N}{N/2} と指数的に増え、符号の和は常に 0 でした。計算 極小に限れば 0/0 は避けられますが、極小の数が軌道で変わりうる(N=3N=3)ことが別の困難です(Mehta ら §I)。0 は位相から来ています。Singer 自身は、回避の道として、局所的な被覆を 1 の分割で貼り合わせる局所化を挙げました(4-08・6-12)。

06

障害 5:反射正値性を保つ正則化が乏しい

ユークリッドから時空へ戻る道は反射正値性 ⟨ΘF‾ F⟩≥0\langle\overline{\Theta F}\,F\rangle\ge0(Θ\Theta は時間の反射、FF は正の時間の側の量)に懸かっています(4-10)。Wilson の作用はこれを保ち(Osterwalder–Seiler 1978)、回転の対称性を壊します。連続の正則化は逆で、問題文は、正則化で失った反射正値性を取り戻す方法は少ないと書き、例に次元正則化と Pauli–Villars を挙げます(JW §6.5。引用は 0-03 §03)。既知

例:自由場の空間運動量 pp を固定すると、二点関数の時間の依存は G(t)=e−ω∣t∣/(2ω)G(t)=e^{-\omega|t|}/(2\omega)(ω=p2+m2\omega=\sqrt{p^2+m^2})。ガウスの場では反射正値性は、正の時刻 tit_i と実数 fif_i について

Q(f)=∑i,jfifj G(ti+tj) ≥ 0(7)Q(f)=\sum_{i,j}f_if_j\,G(t_i+t_j)\ \ge\ 0 \tag{7}

です。GG が正の重み ρ(E)\rho(E) の指数関数の和なら Q=∑Eρ(E)(∑ifie−Eti)2≥0Q=\sum_E\rho(E)\big(\sum_if_ie^{-Et_i}\big)^2\ge0。Pauli–Villars は重い質量 MM の項を引き GPV(t)=e−ωt/(2ω)−e−Ωt/(2Ω)G_{\mathrm{PV}}(t)=e^{-\omega t}/(2\omega)-e^{-\Omega t}/(2\Omega)(Ω=p2+M2\Omega=\sqrt{p^2+M^2})とするので、∑ifie−ωti=0\sum_if_ie^{-\omega t_i}=0 となる ff で Q=−12Ω(∑ifie−Ωti)2<0Q=-\frac{1}{2\Omega}\big(\sum_if_ie^{-\Omega t_i}\big)^2\lt0 です。p=0p=0、m=1m=1、M=5M=5、t=(0.1,0.2)t=(0.1,0.2)、f=(1,−e0.1)f=(1,-e^{0.1}) で Q=−4.0×10−3Q=-4.0\times10^{-3}。計算 M→∞M\to\infty で破れは縮みますが、切断を残す段では使えません。

二次元より上で Wilson ループを熱流で均す必要がある(Cao–Chatterjee)のは紫外の問題ですが、正値性を保つ正則化、回転の対称性の回復、点でなく曲線に値を持つ観測量(Chatterjee 2018)を公理に載せることは構造の問題です。既知

07

障害 6:無限自由度の構造

振動子が有限個なら正準交換関係の既約な表現は本質的に一つですが(Stone–von Neumann。2-06)、無限個では同値でない表現が無数に現れます。既知 帰結の一つが Haag の定理で、相互作用する理論を自由場の Fock 空間に(相互作用表示で)載せることはできないとされます(Haag 1955、Hall–Wightman 1957。4-09)。

仕組みは無限大なしに見えます。周波数 ω≠ω′\omega\ne\omega' の振動子の基底状態の重なりは (2ωω′/(ω+ω′))1/2<1\big(2\sqrt{\omega\omega'}/(\omega+\omega')\big)^{1/2}\lt1 で、一辺 LL 点・間隔 aa の三次元の周期的な格子の、質量 mm と m′m' の自由場の真空の重なりはモードごとの積です。

⟨Ωm,Ωm′⟩=∏k(2ωkωk′ωk+ωk′)1/2,(aωk)2=(am)2+4∑j=13sin⁡2πnjL(8)\langle\Omega_m,\Omega_{m'}\rangle=\prod_{k}\Big(\frac{2\sqrt{\omega_k\omega'_k}}{\omega_k+\omega'_k}\Big)^{1/2},\qquad (a\omega_k)^2=(am)^2+4\sum_{j=1}^{3}\sin^2\frac{\pi n_j}{L} \tag{8}

積は k=(n1,n2,n3)k=(n_1,n_2,n_3)、nj=0,…,L−1n_j=0,\dots,L-1 の L3L^3 個のモードにわたります(ωk′\omega'_k は m′m' で同様)。各モードの対数は負です。

例:二つの極限を比べます。A は格子間隔を固定して(am=0.5am=0.5)箱を広げ、B は箱を固定して(一辺 2/m2/m)格子を細かくします。どちらも一辺の点の数 LL を増やします。

計算表 3 m′=1.2mm'=1.2m の真空の重なり ⟨Ωm,Ωm′⟩\langle\Omega_m,\Omega_{m'}\rangle。

LLA の重なり(箱の一辺 0.5L/m0.5L/m)B の重なり(格子間隔 2/(Lm)2/(Lm))
40.99740.99741
320.62370.99745
640.022890.99746
1287.53e−140.99747

A では −ln⁡⟨Ωm,Ωm′⟩-\ln\langle\Omega_m,\Omega_{m'}\rangle が L3L^3 に比例し(一点あたり 1.44×10−51.44\times10^{-5})、重なりは 0 に向かいます。計算

B で重なりが正の値に落ち着く理由は、大きい運動量のモードにあります。ωk\omega_k が大きいとき、一つのモードの対数の寄与はおよそ −(m′2−m2)2/(64ωk4)-(m'^2-m^2)^2/(64\omega_k^4) で、ωk\omega_k は ∣k∣|k| にほぼ比例して増えるので、全体は ∑k∣k∣−4\sum_k|k|^{-4} の形の和になります。三次元では ∣k∣≈R|k|\approx R の殻にあるモードはおよそ R2R^2 個で、殻ごとの寄与は R−2R^{-2} のように減るので、この和は収束します。計算

図 2 m′/mm'/m を選ぶと −ln⁡⟨Ωm,Ωm′⟩-\ln\langle\Omega_m,\Omega_{m'}\rangle(両対数)が変わる。「動かす」で LL を増やす。A は傾き 3(体積に比例)、B は平ら
m′/m = 1.2、L = 64:A の重なり 0.0229(箱の一辺 32/m)/B の重なり 0.99746(格子間隔 0.0313/m)

計算この図の数値はこの端末で計算した(式 (8)。m′/m = 1.1, 1.2, 1.5, 2)。

重なりが 0 に向かうのは紫外ではなく体積のせいです(質量の違う自由場の表現が同値でないことは Haag の定理の一般化とされる。Reed–Simon)。構成的場の理論は、有限の箱と格子で測度を密度として作り、その極限から状態空間を再構成します(4-10)。状態空間は入力ではなく出力です(Chatterjee 2018 の 'we do not even know for certain the right spaces')。

関連する現象と対比しておきます。この節の真空(固定した時刻の、空間三次元の格子の上のもの)は、有限の体積なら重なりが正です(表 3 の B)。質量の違う二つの自由場を、ユークリッドの四次元の時空の測度として比べると、有限の箱(トーラス)でも紫外のために互いに特異になります(1-09 の寄り道、式 (11))。効き方は、空間の次元 3 と時空の次元 4 で分かれます。

08

六つを並べる:どこまでが発散か

表 4 六つの障害と発散の部分(紫外の切断を外して初めて起きる部分。判定はこの本の整理)。

障害aa を固定しても発散の部分欠けているもの
1 赤外の径数残る無し結合が O(1)O(1) の尺度を渡る一様な評価
2 摂動論に映らない残る無し級数に載らない e−c/αe^{-c/\alpha} の扱い
3 非自明性連続極限の問い無し自由場でないことの証明
4 状態空間局所ゲージと 0/0形式的な Z=∞Z=\infty、軌道の体積大域的なゲージ固定に代わるもの
5 反射正値性回転の回復粗い場の観測量正値性を保つ正則化、曲線の観測量の公理
6 無限自由度残る(体積で直交)この例(自由場・質量の違い)では無し。時空四次元の測度では紫外も効く(1-09)状態空間を理論から作ること

紫外の側も完了していません(Bałaban の四次元の結果は仮定つきの評価まで。部分列の極限は見込みです。6-07 §05)。言えるのは、紫外の側が最も進んでいて、出題者が新しい考えを求めたのは体積に一様なギャップの側だ、というところまでです(6-10 §01)。六つの外に局所場との対応(JW 脚注 1)と位相のセクター(寄り道)があります。切れ目は 9-02(名前の対訳は 9-02 の対訳表)、課題は 9-04。

09

寄り道:位相のセクターと θ

寄り道

飛ばしてよい節です。

滑らかな接続は整数の位相電荷(第二 Chern 数)でセクターに分かれます(3-05)。格子では事情が変わります。二次元の U(1)U(1) で、プラケット pp の角 θp∈(−π,π]\theta_p\in(-\pi,\pi](UpU_p の偏角の主値)から

Q=12π∑pθp ∈ Z(9)Q=\frac{1}{2\pi}\sum_p\theta_p\ \in\ \mathbb Z \tag{9}

を作ると、周期的な格子では整数です。辺の角をそのまま足した総和は、各辺が逆向きに二回ずつ現れるので 0 で、主値に直すずれは 2π2\pi の整数倍だからです。紙 ただし配位を連続に動かすと、θp\theta_p が ±π\pm\pi を横切るとき QQ は跳び、すべてのプラケットが 1 に近い(作用の密度が小さい)配位に限れば跳びません。Lüscher(1982)は四次元の非可換の格子場でこれを示し、QQ が古典的な連続極限で Chern 数に戻ることも示しました。既知 典型的な配位は粗いので、セクターにはこの種の条件が要ります。Magnen–Rivasseau–Sénéor(1993、MRS)の構成は、自明なセクターに限っています(6-07 §06)。

重みに eiθQe^{i\theta Q} を掛ける θ 項は摂動論に見えません。θ=π\theta=\pi ではアノマリーのため真空は自明で縮退の無いギャップ状態ではありえない、と論じられています(Gaiotto–Kapustin–Komargodski–Seiberg 2017)。物理 問題文は θ に触れておらず、暗に θ=0\theta=0 を指しています。


この章が言えている範囲

内容
言えている六つの障害の一次資料の言葉と、格子間隔を固定しても残ること既知
言えている表 1〜3・図 1〜2・Pauli–Villars の例計算、式 (9) の QQ が整数であること紙
言えていない六つの数え方と表 4 の判定(この本の整理)。式 (3)・Δ∝Λ\Delta\propto\Lambda・θ=π\theta=\pi(物理の水準)。計算は最小の例で、式 (8) は Haag の定理の証明ではない。どの障害もこのサイトは取り除いていない

出典と再現

もの種別出典・道具
問題文・Problem 5.1・講演スライドの引用本文A. Jaffe, E. Witten, Quantum Yang–Mills Theory, Clay Math. Inst. (2000)/S. Chatterjee, Yang–Mills for probabilists, arXiv:1803.01950 (2018)/同, Yang–Mills on the lattice: New results and open problems(講演スライド。PDF の作成日 2020-09。日付の記載なし)
指数的に小さい項・ゲージ固定の不可能性本文M. Beneke, Renormalons, Phys. Rept. 317 (1999) 1–142/I. M. Singer, CMP 60 (1978) 7–12
式 (6)・環の関数・極小に限る注意本文 §I–IID. Mehta, N. S. Daleo, J. D. Hauenstein, C. Seaton, Phys. Rev. D 90 (2014) 054504, arXiv:1406.6678
有限群・U(1)U(1)・自明性・ガウスな極限・Wilson ループ・位相電荷・θ=π\theta=\pi要旨A. Adhikari, S. Cao, Ann. Probab. 53 (2025) 140–174, arXiv:2202.10375/J. Fröhlich, T. Spencer, CMP 83 (1982) 411–454/M. Aizenman, H. Duminil-Copin, Ann. of Math. 194 (2021) 163–235, arXiv:1912.07973/S. Chatterjee, arXiv:2401.10507, Probab. Math. Phys. 7 (2026) 339–381/S. Cao, S. Chatterjee, arXiv:2111.12813/M. Lüscher, CMP 85 (1982) 39–48/J. Magnen, V. Rivasseau, R. Sénéor, CMP 155 (1993) 325–383/D. Gaiotto, A. Kapustin, Z. Komargodski, N. Seiberg, JHEP 05 (2017) 091
0/0・Gribov・U(1)U(1) の相・反射正値性の原典書誌のみH. Neuberger, Phys. Lett. B 183 (1987) 337/M. Schaden, Phys. Rev. D 59 (1999) 014508/V. N. Gribov, Nucl. Phys. B 139 (1978) 1–19/A. H. Guth, Phys. Rev. D 21 (1980) 2291–2307/K. Osterwalder, E. Seiler, Ann. Phys. 110 (1978) 440–471
無限自由度と表現の一意性本文 §4.3Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Quantum Field Theory”
Haag の定理と異なる質量への一般化書誌のみ(二次資料で確認)R. Haag, Mat.-Fys. Medd. 29 (1955) no. 12/D. Hall, A. S. Wightman, Mat.-Fys. Medd. 31 (1957) no. 5/M. Reed, B. Simon, Methods of Modern Mathematical Physics II (1975), Theorem X.46(二次資料による。本文未確認)
表 1・図 1計算この端末の Python。式 (3) と n∗n_*、交点の二分法
表 2計算臨界点を組合せで列挙し、固有値で符号と極小を判定(N=3N=3 は Newton 法と一致)
Pauli–Villars の例計算式 (7) を二点で評価(M/m=2,5,10,100M/m=2,5,10,100 で負)
表 3・図 2計算式 (8) を全モードで計算(L≤180L\le180)。振動子の式は数値積分と一致

次に読む章:6-12 寄り道:「1/0 に記号を与えれば」。§03 の e−c/αe^{-c/\alpha} と §05 の 0/0 を記号の側から見直します。物理の側からは 7-01。

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改訂 2026-10-01:初版。