computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 4 部 量子化β 関数・11N/3

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

漸近自由 — 短い距離で結合が弱まる符号と、11N/3 の中身

この章で分かること — ヤン–ミルズの β 関数は負で、短い距離ほど結合が対数的に弱まること。係数 11/3 がスピンの 4 と軌道の −1/3 に分かれること。b0,b1b_0,b_1 は結合の定義に依らず、それを足場に格子の数値と予言を比べられること。

前提となる章 — 4-04(走る結合)。あると読みやすい:7-01・3-02・5-01。ℏ=c=1\hbar=c=1、tr(TaTb)=12δab\mathrm{tr}(T^aT^b)=\tfrac12\delta^{ab}。β 関数を β(g)\beta(g)、格子の逆結合を βL=2N/g02\beta_{\mathrm L}=2N/g_0^2 と書き分けます。

先に言うこと — 係数は摂動論の計算です。四次元の連続理論は構成されていないので、漸近自由は構成された理論の定理ではありません(既知 は「摂動論の計算として既知」)。格子との照合も連続極限の存在を示しません。このサイトは質量ギャップも連続理論の構成も示していません。

この章の順序
  1. 走る結合 — β 関数の符号
  2. 一ループの係数 — 四つの書き方(表 1)
  3. 11/3 の中身 — スピンと軌道(図 1・表 2)/寄り道:真空は常磁性体
  4. 物質を足すと — Coleman–Gross
  5. 二ループと普遍性 — b0,b1b_0,b_1 は定義に依らない
  6. 発見の経緯 — 年表(表 3)
  7. 格子との整合 — Λ の比と r0/ar_0/a(図 2・表 4)
  8. 問題文の中の漸近自由 — 言うことと言わないこと(表 5)

01

走る結合 — β 関数の符号

繰り込んだ結合 gg は、測る尺度 μ\mu(運動量。距離ならおよそ 1/μ1/\mu)を決めて初めて値が決まります(4-04)。その変わり方が β 関数で、右辺は小さい gg での展開です。

β(g)=μdgdμ=−b0 g3−b1 g5−⋯(1)\beta(g)=\mu\frac{dg}{d\mu}=-b_0\,g^3-b_1\,g^5-\cdots \tag{1}

β>0\beta\gt0 なら短い距離(大きい μ\mu)で結合が強まり、QED と四次元の ϕ4\phi^4 がこちらです(6-08)。b0>0b_0\gt0 なら短い距離で弱まります。これが漸近自由です。b1b_1 以降を捨てて積分すると、1/g21/g^2 が ln⁡μ\ln\mu の一次式になります(7-01 と同じ式)。

1g2(μ)=1g2(μ0)+2b0ln⁡μμ0(2)\frac{1}{g^2(\mu)}=\frac{1}{g^2(\mu_0)}+2b_0\ln\frac{\mu}{\mu_0} \tag{2}

式 (2) は、μ\mu が何倍になったかの対数に比例して 1/g21/g^2 が増える、という意味です。μ\mu を 10 倍しても 100 倍しても、増え方は一定の刻みで、結合はゆっくりとしか弱まりません。

例。結合の二乗を 4π4\pi で割った α\alpha で書くと、電子だけの QED の一ループでは d(1/α)/dln⁡μ=−2/(3π)≈−0.212d(1/\alpha)/d\ln\mu=-2/(3\pi)\approx-0.212(Tong の講義録 §2.4.1 の式の書き直し)、純 SU(3) では +1.751+1.751 です。後者では μ\mu が 10 倍になるごとに 1/α1/\alpha が約 4.03 増えます(0-03)計算。

02

一ループの係数 — 11N/3 の四つの書き方

ゲージ群に、ディラック粒子 nfn_f 個(表現 RfR_f)と複素スカラー nsn_s 個(表現 RsR_s)を足した理論の一ループの係数は次のとおりです(Tong の講義録 §2.4・§2.7。't Hooft 1999 の式 (5.3) は規格化の違う同じ式)既知。

16π2 b0=113 CA−43 T(Rf) nf−13 T(Rs) ns(3)16\pi^2\,b_0=\frac{11}{3}\,C_A-\frac43\,T(R_f)\,n_f-\frac13\,T(R_s)\,n_s \tag{3}

T(R)T(R) は trR(TaTb)=T(R) δab\mathrm{tr}_R(T^aT^b)=T(R)\,\delta^{ab} で決まる数で、基本表現で 12\tfrac12、随伴表現で CAC_A(SU(N) なら NN。1-04)です。純 SU(N) では b0=11N48π2b_0=\tfrac{11N}{48\pi^2} です。変数の取り方で見かけの数が変わるので、表 1 に並べます(四行は同じ内容)。

表 1 純 SU(N) の一ループの係数の四つの書き方
変数流れの式係数SU(2)SU(3)
ggμ dg/dμ=−b0g3\mu\,dg/d\mu=-b_0g^311N48π2\tfrac{11N}{48\pi^2}0.046440.06966
1/g21/g^2d(1/g2)/dln⁡μ=2b0d(1/g^2)/d\ln\mu=2b_011N24π2\tfrac{11N}{24\pi^2}0.092880.1393
α=g2/(4π)\alpha=g^2/(4\pi)μ2dα/dμ2=−b0(α)α2\mu^2d\alpha/d\mu^2=-b_0^{(\alpha)}\alpha^211N12π\tfrac{11N}{12\pi}0.58360.8754
βL=2N/g2\beta_{\mathrm L}=2N/g^2dβL/dln⁡μ=κd\beta_{\mathrm L}/d\ln\mu=\kappaκ=4Nb0=11N212π2\kappa=4Nb_0=\tfrac{11N^2}{12\pi^2}0.37150.8359

計算python3 で評価。SU(3) の b0(α)=33/(12π)b_0^{(\alpha)}=33/(12\pi) は PDG の式 (9.3) とその直後の b0b_0 の式と一致。

最後の行は格子の言葉です(5-01)。格子間隔 aa を半分にするごとに βL\beta_{\mathrm L} を κln⁡2\kappa\ln2(SU(2) で 0.258、SU(3) で 0.579)上げれば同じ物理が保たれる、というのが一ループの予言です 計算。SU(2) の κ=11/(3π2)\kappa=11/(3\pi^2) は、この端末の記録の傾き κ\kappa と同じ数で、既知の一ループ係数を格子の規約で書いたものです(10-02)既知。

03

11/3 の中身 — スピンの 4 と軌道の −1/3

なぜ符号が逆になるのでしょう。背景場の方法は、ゆっくり変わる外の場(背景場)を置き、そのまわりの量子の揺らぎを一ループで積分して、背景場の作用の係数 1/g21/g^2 がどう変わるかを見る方法です。これで計算すると(Tong の講義録 §2.4.2)、グルーオンの寄与は二つに割れます。場の成分をスカラーのように数える項は、ゴーストで余分を引いたあと、電磁気と同じ遮蔽の向きに −13-\tfrac13 を与えます。スピン 1 から来る項(講義録の 'the paramagnetic piece')は反遮蔽の向きに +4+4 を与えます。全体の負号はここから来ます('This is where the overall minus sign comes from')既知。

113=4−13(4)\frac{11}{3}=4-\frac13 \tag{4}

光子は電荷を持たず QED の真空の偏極に加わりませんが、グルーオンは色の電荷を持つので加わります(3-02)。Wilczek のノーベル講演も 'it is the effect of virtual gluons that is responsible for antiscreening' と書きます。

同じ分け方は物質にも使えます。質量の無い粒子の一つの状態(スピン ss、磁場の向きの成分 szs_z)が 16π2b016\pi^2b_0 に

12 (−1)2s((2sz)2−13) T(R)(5)\tfrac12\,(-1)^{2s}\bigl((2s_z)^2-\tfrac13\bigr)\,T(R) \tag{5}

ずつ寄与すると数えます。(2sz)2(2s_z)^2 がスピン(常磁性)、−13-\tfrac13 が軌道(反磁性)の分、(−1)2s(-1)^{2s} はフェルミオンのループの符号です。グルーオン(sz=±1s_z=\pm1)で 113CA\tfrac{11}{3}C_A、ディラック粒子で −43T-\tfrac43T、複素スカラーで −13T-\tfrac13T と、式 (3) がすべて出ます(表 2)。この章では、式 (5) を既知の係数を再現する数え方として置きます。この規則が式 (3) の係数をすべて再現することは、この端末で確かめました 計算。規則そのものの導出はこの章では扱いません。漸近自由を常磁性として見る類比は Nielsen 1981 に遡るとされます(Tong の文献注。Tong は 't Hooft への私的な帰属にも触れています)。

図 1 つまみで N、基本表現のディラック粒子の数 n_f、複素スカラーの数 n_s を変えると、16π2b016\pi^2b_0 への寄与と合計が動く。右(正)が漸近自由の側。「動かす」は n_f を往復させる
SU(3)・n_f=0・n_s=0:16π²b₀ = 11.00(漸近自由) (16π²)²b₁ = 102.0
表 2 式 (5) による一つの粒子あたりの寄与(T(R)T(R) を掛ける前)
粒子状態スピン軌道計=既知の係数
グルーオン(×CA\times C_A)2+4−1/3+11/3
ディラック粒子4−2+2/3−4/3
複素スカラー20−1/3−1/3

計算この図と表の数値はこの端末で計算した(python3 の有理数で式 (5) を評価し既知の係数と一致。図は同じ式をその場で足す)。JavaScript が無効ならこの表で読める。

寄り道:真空は常磁性体

寄り道

飛ばしてよい小節です。

相対論的な真空では光の速さが 1 なので、誘電率と透磁率の積が εμm=1\varepsilon\mu_{\mathrm m}=1。常磁性(μm>1\mu_{\mathrm m}\gt1)なら ε<1\varepsilon\lt1 で、電荷は反遮蔽されます(Tong §2.4.1)。自由電子気体では、スピンの Pauli 常磁性と軌道の Landau 反磁性が 1:−131:-\tfrac13 で(Tong の統計物理 §3.6)、式 (5) の括弧 1−131-\tfrac13 と同じ比です。ただし真空のフェルミオンではループの符号 (−1)2s(-1)^{2s} が全体を反転させるので、電子の寄与は遮蔽の側になります(表 2 の −43-\tfrac43)。グルーオンでは 4−134-\tfrac13。比喩で言えば、グルーオンの真空は強い常磁性体です。正確には、式 (5) の「スピン」「軌道」は計算の中の項の呼び名で、真空の磁化という観測量ではありません。

04

物質を足すと — nf<11N/2n_f\lt 11N/2 と Coleman–Gross

物質は b0b_0 を減らします。基本表現のディラック粒子 nfn_f 個なら式 (3) は 16π2b0=11N3−2nf316\pi^2b_0=\tfrac{11N}{3}-\tfrac{2n_f}{3} で、漸近自由は nf<11N/2n_f\lt11N/2(SU(3) で 16.5 未満)のときだけです 計算。't Hooft の回想(1999)にも同じ数があります。現実のクォークは 6 種で、QCD は漸近自由の側です。

可換な群では CA=0C_A=0 なので、(3) には物質の項だけが残り、b0<0b_0\lt0(§02 の QED の向き)です。標準模型の U(1)YU(1)_Y(Q=T3+YQ=T_3+Y の規格。超電荷は 3-07 の表 1)では、T(R)T(R) を Y2Y^2 に替え、左巻きの Weyl 成分一つをディラック粒子の半分に数えると、三世代のフェルミオン(一世代で ∑Y2=10/3\sum Y^2=10/3)と Higgs 二重項から

16π2 b0∣U(1)Y=−23⋅3⋅103−13⋅2⋅14=−41616\pi^2\,b_0\big|_{U(1)_Y}=-\frac23\cdot3\cdot\frac{10}{3}-\frac13\cdot2\cdot\frac14=-\frac{41}{6}

で、一ループでは結合が短い距離で強まります 計算。§05 の b1b_1(二ループの係数)とは別の数です。

ヤン–ミルズ場の無い理論については、Coleman と Gross(1973)の要旨が 'No renormalizable field theory without non-Abelian gauge fields can be asymptotically free.' と述べます(β 関数の計算の水準の主張)既知。問題文 §6.2 も四次元の ϕ4\phi^4 が漸近自由でないことを自明性(6-08)と並べ、ヤン–ミルズを 'the natural candidate for four-dimensional CQFT' と呼びます。ヤン–ミルズが問題の主役である理由の一つです。

05

二ループと普遍性 — b0,b1b_0,b_1 は定義に依らない

二ループの係数は Caswell と Jones がそれぞれ 1974 年の論文で求めています 既知。純 SU(N) では正で、PDG の α\alpha の式を gg に直すと次の形です(SU(3) で照合 計算)。

b1=343 N2(16π2)2(6)b_1=\frac{34}{3}\,\frac{N^2}{(16\pi^2)^2} \tag{6}

b0b_0 と b1b_1 は、結合の定義(繰り込みの方式)を替えても変わりません。別の結合 g~=g+c g3+d g5+⋯\tilde g=g+c\,g^3+d\,g^5+\cdots に替え、μ dg~/dμ=(1+3cg2+5dg4)β(g)\mu\,d\tilde g/d\mu=(1+3cg^2+5dg^4)\beta(g) を g~\tilde g で書き直すと

β~(g~)=−b0g~3−b1g~5−b~2g~7−⋯b~2=b2−2c b1+(2d−3c2) b0(7)\begin{aligned}\tilde\beta(\tilde g)&=-b_0\tilde g^3-b_1\tilde g^5-\tilde b_2\tilde g^7-\cdots\\ \tilde b_2&=b_2-2c\,b_1+(2d-3c^2)\,b_0\end{aligned} \tag{7}

で、c,dc,d は b~2\tilde b_2 から先にしか入りません(有理数の級数で確かめた 計算)。PDG も b2b_2 以降は 'renormalization-scheme-dependent' と書き、Capitani ほか 1999 は b0,b1b_0,b_1 を 'The universal coefficients' と呼びます 既知。この普遍性が §07 の足場です。

例。純 SU(3) で同じ積分定数 Λ\Lambda(4-07)から出すと、α\alpha は μ/Λ=10\mu/\Lambda=10 で一ループ 0.248・二ループ 0.186、101010^{10} でも 0.0248・0.0232 と 7% 違います 計算。補正は「対数の対数」で、なかなか消えません。物質を足して b1<0b_1\lt0 にすると β 関数が g∗2=−b0/b1g_*^2=-b_0/b_1 で 0 になり、SU(3) の nf=16n_f=16 なら α∗≈0.042\alpha_*\approx0.042 の赤外の固定点が見えます 計算(Banks–Zaks 1982 物理)。係数は五ループまで計算されています(PDG の文献表。級数全体の意味は 4-12)。

06

発見の経緯 — 符号は何度か見えていた

負の符号は 1973 年より前にも計算に現れていました。't Hooft の回想(1999)によれば、当時は β 関数が正であることが普遍的と考えられ、場の量子論では Bjorken スケーリング(高エネルギーの散乱で、ハドロンの中の構成要素が短い距離では自由に近く動いて見える規則性)を説明できないと思われていました。

表 3 漸近自由の年表
年出来事出典
1964Vanyashin–Terentyev:荷電ベクトル中間子で負の符号。繰り込み不可能性のせいとされた(論文は 1965)'t Hooft 1999
1969Khriplovich:クーロンゲージでヤン–ミルズに逆の符号。漸近自由とは結び付けられなかった同上
1972Marseille の会議で 't Hooft が一ループの式を黒板に書く(論文にはせず)同上
1973Gross–Wilczek、Politzer、Coleman–Gross要旨
1974Caswell、Jones:二ループ要旨
1980Creutz:格子の数値。Hasenfratz–Hasenfratz:格子と連続の Λ要旨
2004Gross・Politzer・Wilczek にノーベル物理学賞nobelprize.org

Politzer の題は疑問符付きの 'Reliable Perturbative Results for Strong Interactions?' でした 既知。't Hooft は 1973 年の論文について 'I was surprised, not about the result, which I had known all along, but about the stir they caused' と書き、本当に問題なのは閉じ込めだと続けます。この本の問題もその先にあります(7-01)。

07

格子との整合 — 裸の結合の走りと Λ の比

格子(5-01)では格子間隔 aa が切断で、裸の結合 g0g_0 が aa とともに走ります。§05 の普遍性から、その β 関数も同じ b0,b1b_0,b_1 で始まり、二ループまでで積分すると

aΛL=(b0g02)−b1/(2b02) e−1/(2b0g02) (1+O(g02))(8)a\Lambda_{\mathrm L}=(b_0g_0^2)^{-b_1/(2b_0^2)}\,e^{-1/(2b_0g_0^2)}\,\bigl(1+O(g_0^2)\bigr) \tag{8}

です(Capitani ほか 1999 の式 (2.7) で μ=1/a\mu=1/a とした形)既知。格子の ΛL\Lambda_{\mathrm L} と、連続の MS‾\overline{\mathrm{MS}} 方式の Λ\Lambda を比べます。MS‾\overline{\mathrm{MS}} は、次元正則化で発散の極とそれに付く定数だけを引く、連続の理論で標準の結合の定義です(4-05)。二つの Λ\Lambda は一ループで決まる定数倍だけ違い、Wilson 作用では ΛMS‾/ΛL=28.81\Lambda_{\overline{\mathrm{MS}}}/\Lambda_{\mathrm L}=28.81(SU(3))、19.82(SU(2))です。Lüscher–Weisz 1995 の係数 k1k_1 から計算し、SU(3) は同論文の式 (4.1) の 28.80934 と一致しました 計算。式 (8) が格子の数値で成り立つことを漸近スケーリングと呼びます(5-05。早い時期の検証は Creutz 1980)。

今の精度で — 純 SU(3) の r0/ar_0/a

長さの基準 r0r_0 は、静的な色の電荷の対に働く力 FF から r02F(r0)=1.65r_0^2F(r_0)=1.65 で決めます(7-01)。Necco–Sommer 2002 の r0/ar_0/a に式 (8) と Λ の比を掛けた r0ΛMS‾r_0\Lambda_{\overline{\mathrm{MS}}} の素朴な推定は、漸近スケーリングが成り立てば一定になるはずの量です。

図 2 つまみで βL\beta_{\mathrm L} を動かすと、その点の r0/ar_0/a と、aa を半分にする βL\beta_{\mathrm L} の上げ幅(データと二ループ)が下に出る。曲線は r0ΛMS‾r_0\Lambda_{\overline{\mathrm{MS}}} の推定(実線が二ループ、破線が一ループ)、点は格子の値(塗りつぶしは r0/ar_0/a の直接の値、白抜きは rc/ar_c/a からの換算で表 4 の *)、帯は非摂動の値
β_L = 6.00:r₀/a = 5.37 上げ幅 データ 0.475・二ループ 0.614 推定 r₀Λ = 0.363
表 4 純 SU(3)・Wilson 作用:r0/ar_0/a、r0ΛMS‾r_0\Lambda_{\overline{\mathrm{MS}}} の推定、aa を半分にする上げ幅
βL\beta_{\mathrm L}r0/ar_0/a推定(二ループ)上げ幅(データ)上げ幅(二ループ)
5.702.9220.2770.3540.616
5.954.8980.3500.4560.614
6.207.3800.3980.5240.613
6.409.740.419—0.612
6.5712.18*0.432—0.611
6.9219.13*0.457—0.609

計算この図と表の数値はこの端末で計算した。r0/ar_0/a は Necco–Sommer 2002 の表 1(* は rc/ar_c/a を rc/r0=0.5133r_c/r_0=0.5133 で換算)、上げ幅(データ)は同論文の補間式 (2.6) から(— は範囲外)。推定は (r0/a)×aΛL×28.81(r_0/a)\times a\Lambda_{\mathrm L}\times28.81。図の値は python3 と一致。JavaScript が無効ならこの表で読める。

推定は 0.28 から 0.46 へ増え続け、非摂動の値 0.602(48) にまだ届きません。裸の結合の展開は収束が遅いのです(一ループだけなら 0.09〜0.14)。それでも向きと桁はそろい、βL\beta_{\mathrm L} を上げるほど予言に近づきます。箱の大きさを尺度に走る結合を非摂動的に測る方法(Lüscher–Weisz–Wolff 1991)では、測った結合が 'closely matched by the perturbative evolution' で、そこから 0.602(48) が出ています(Capitani ほか 1999)既知。ただし、どれも有限の格子の数値と摂動論の比較で、連続極限の存在も一意性も示しません(5-09・9-05)。

08

問題文の中の漸近自由 — 言うことと言わないこと

問題文は漸近自由をまず物理の説明として導入し(§1)、二つの役目を与えます。一つは要件で、相関関数が短い距離で漸近自由と摂動的な繰り込み理論の予言に合うこと(§4。引用は 0-03 §07)。作った理論が「ヤン–ミルズ」であることを短い距離で照合する役目です。もう一つは道具で、'Asymptotic freedom ensures a decisive regularity in the case when classical Sobolev inequalities are borderline'(§2)既知。四次元は古典の評価がぎりぎり足りない境目の次元で、その不足を漸近自由が補う、と読めます(1-12。Bałaban の仕事は 6-07)。

表 5 漸近自由が言うことと、言わないこと
言うこと言わないこと
短い距離で結合が対数的に弱まる(摂動論の計算として)。紫外の制御の手掛かり(6-05)構成された理論でそうなること。長い距離の振る舞い(μ→Λ\mu\to\Lambda で gg は大きくなり、式 (2) は使えない)
積分定数 Λ\Lambda が現れ、μ\mu に依らない(4-07)質量ギャップ。Λ\Lambda に比例すると期待される量は e−1/(2b0g2)e^{-1/(2b_0g^2)} の形で、摂動のどの次数にも映らない(4-12)
四次元で漸近自由なら非可換ゲージ場が要る閉じ込め(7-02)

漸近自由は「短い距離は易しい」と告げ、同時に「長い距離では展開の手掛かりが無い」とも告げています。問題の難しさは後者の側にあります(6-10・6-11)。


この章が言えている範囲

内容
言えている式 (3)(6)(7)(8)、物質の数の境目、Coleman–Gross——摂動論の計算として 既知。式 (5)(7) の確かめ、表と図の数、Λ の比 計算
条件つき格子と予言の一致は、有限の格子の数値と摂動論の式の比較として。赤外の固定点は二ループの式の範囲 物理
言えていない構成された四次元の理論で漸近自由が成り立つこと。連続極限の存在・一意性。式 (5) の「スピン」「軌道」は項の呼び名。1964〜69 年の出来事は回想による(原論文は未読)。閉じ込めと質量ギャップ

出典と再現

もの種別出典・道具
本文を読んだもの既知PDG:J. Huston, K. Rabbertz, G. Zanderighi, in S. Navas et al., Phys. Rev. D 110 (2024) 030001, §9.1.1。G. 't Hooft, Nucl. Phys. B Proc. Suppl. 74 (1999) 413, arXiv:hep-th/9808154。F. Wilczek 2005, arXiv:hep-ph/0502113。S. Capitani, M. Lüscher, R. Sommer, H. Wittig 1999, arXiv:hep-lat/9810063。S. Necco, R. Sommer 2002, arXiv:hep-lat/0108008。M. Lüscher, P. Weisz 1995, arXiv:hep-lat/9502001・hep-lat/9505011。D. Tong の講義録 Gauge Theory §2.4・Statistical Physics §3.6。A. Jaffe, E. Witten(Clay の問題文)
要旨だけ読んだもの既知Gross–Wilczek, PRL 30 (1973) 1343;Politzer, PRL 30 (1973) 1346;Coleman–Gross, PRL 31 (1973) 851;Caswell, PRL 33 (1974) 244;Jones, Nucl. Phys. B 75 (1974) 531;Banks–Zaks, Nucl. Phys. B 196 (1982) 189;Creutz, Phys. Rev. D 21 (1980) 2308;Hasenfratz–Hasenfratz, Phys. Lett. B 93 (1980) 165;Lüscher–Weisz–Wolff, Nucl. Phys. B 359 (1991) 221。授賞理由は nobelprize.org
書誌のみ既知Vanyashin–Terentyev, Zh. Eksp. Teor. Fiz. 48 (1965) 565;Khriplovich, Yad. Fiz. 10 (1969) 409('t Hooft の文献表から);N. K. Nielsen, Am. J. Phys. 49 (1981) 1171;高次の係数の文献(PDG の文献表から)
式 (5)(7)、表 1・2・4、図 1・2、Λ の比、数値の例、§04 の U(1)YU(1)_Y の −41/6-41/6計算python3(有理数の級数・二分法。各 1 秒未満)。図の JavaScript の値は node で python3 の値と突き合わせた

次に読む章:4-07 次元転移と Λ(式 (2) を長い距離の側へ延ばすと現れる Λ\Lambda)。格子の側の続きは 5-05。

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改訂 2026-10-01:初版。