computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 2 部 物理の準備量子力学とスペクトル

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

量子力学の骨 — 状態はベクトル、エネルギーはスペクトル、ギャップはいちばん下の隙間

この章で分かること — 状態は単位ベクトル、観測量は自己共役作用素で、エネルギーの値はスペクトルであること。
ギャップ E1−E0E_1-E_0 が「励起の値段」「振動の速さ」「虚時間での減衰の速さ」の三通りに読めること。
閉じる隙間と残る隙間、摂動論に映らない隙間、Poincaré 定数との一致。

前提となる章 — 1-10(ヒルベルト空間・スペクトル・変分原理・Poincaré 不等式)。行列の場合は 1-01。

先に言うこと — 扱うのは有限個の自由度の量子力学だけです。場の量子論の質量ギャップは 4-11 で扱い、この章はヤン–ミルズの質量ギャップについて何も示していません。

この章の順序
  1. 状態と観測量 — 状態はベクトル、測る量は作用素
  2. 時間発展 — 準位の隙間が往復の速さを決める
  3. スペクトル — 固有値でない値も入る(寄り道:谷が無限に続く井戸)
  4. 基底状態 — 試し関数は上界しか出さない(表 1)
  5. ギャップの三つの読み方 — 値段・振動・減衰(図 1・表 2)
  6. 閉じるギャップ、残るギャップ — 箱を広げて比べる(表 3)
  7. 二重井戸 — 摂動論に映らない隙間(図 2・表 4)
  8. ギャップと Poincaré 不等式 — 隙間は重みの付いた定数の逆数

01

状態と観測量 — ベクトルと自己共役作用素

量子力学では、状態は複素ヒルベルト空間 H\mathcal H の長さ 1 のベクトル ψ\psi です(1-10)。和 αψ+βϕ\alpha\psi+\beta\phi を長さ 1 に直したものも状態で(重ね合わせ)、∣z∣=1|z|=1 の zz を掛けた zψz\psi は同じ状態です(2-03 の位相)。内積は左について共役線形とします。

H=C2: ∣α∣2+∣β∣2=1;H=L2(R): ∫R∣ψ(x)∣2 dx=1(1)\mathcal H=\mathbb C^2:\ |\alpha|^2+|\beta|^2=1;\qquad \mathcal H=L^2(\mathbb R):\ \int_{\mathbb R}|\psi(x)|^2\,dx=1 \tag{1}

左は二択の系(スピンや「左の谷か右の谷か」)、右は直線上の粒子で、∣ψ(x)∣2|\psi(x)|^2 を位置の確率密度と読みます(Born 1926 にさかのぼるとされます)。測れる量には自己共役作用素 AA が対応し(有限次元ではエルミート行列、1-01)、測定の値は固有値 aka_k のどれか、その確率は正規直交な固有ベクトル eke_k を使って ∣⟨ek,ψ⟩∣2|\langle e_k,\psi\rangle|^2 です。

⟨A⟩ψ=∑kak ∣⟨ek,ψ⟩∣2=⟨ψ,Aψ⟩(2)\langle A\rangle_\psi=\sum_k a_k\,|\langle e_k,\psi\rangle|^2=\langle\psi,A\psi\rangle \tag{2}

例。ψ=(1,1)/2\psi=(1,1)/\sqrt2 で σz=diag⁡(1,−1)\sigma_z=\operatorname{diag}(1,-1) を測ると ±1\pm1 が半々です。σx=(0110)\sigma_x=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} なら σxψ=ψ\sigma_x\psi=\psi で、ψ\psi は固有値 +1+1 の固有ベクトルなので、測ると確実に +1+1 です(σx,σz\sigma_x,\sigma_z は Pauli 行列、1-04)。L2(R)L^2(\mathbb R) では位置 XX は xx を掛ける作用素、運動量は P=−iℏ d/dxP=-i\hbar\,d/dx で、XP−PX=iℏXP-PX=i\hbar から不確定性 ΔX ΔP≥ℏ/2\Delta X\,\Delta P\ge\hbar/2 が出ます 既知。

02

時間発展 — 定常状態と二準位の往復

エネルギーの作用素をハミルトニアン HH と呼びます。直線上の粒子なら Hψ=−ℏ22mψ′′+VψH\psi=-\frac{\hbar^2}{2m}\psi''+V\psi です。状態は Schrödinger 方程式に従います。

iℏdψdt=Hψ,ψ(t)=e−itH/ℏψ(0)=∑ncn e−iEnt/ℏ ϕn(3)i\hbar\frac{d\psi}{dt}=H\psi,\qquad \psi(t)=e^{-itH/\hbar}\psi(0)=\sum_n c_n\,e^{-iE_nt/\hbar}\,\phi_n \tag{3}

右端は固有ベクトル Hϕn=EnϕnH\phi_n=E_n\phi_n による展開で、各成分は位相が回るだけです。e−itH/ℏe^{-itH/\hbar} はユニタリで確率の合計を保ちます(1-01。逆向きは Stone の定理 既知)。固有ベクトル一つの状態は分布が変わらない定常状態で、変化は位相の差 (En−Em)t/ℏ(E_n-E_m)t/\hbar だけから生じます。

例(二準位)。左の谷 eLe_L、右の谷 eRe_R、すり抜けの振幅 g>0g\gt0 の系です。

H=(ε−g−gε),E∓=ε∓g,PR(t)=sin⁡2gtℏ(4)H=\begin{pmatrix}\varepsilon&-g\\-g&\varepsilon\end{pmatrix},\qquad E_\mp=\varepsilon\mp g,\qquad P_R(t)=\sin^2\frac{gt}{\hbar} \tag{4}

eLe_L から出発すると、右にいる確率 PRP_R は角振動数 2g/ℏ=(E+−E−)/ℏ2g/\hbar=(E_+-E_-)/\hbar で往復します。準位の隙間が往復の速さを決めます(1-01 の図 2 の x=0x=0)。07 節で gg が指数関数的に小さい例を見ます。

03

スペクトル — 固有値だけでは足りない

無限次元では固有ベクトルの無い値も現れるので、スペクトル σ(H)\sigma(H)(H−λH-\lambda が有界な逆を持たない λ\lambda の集合、1-10)を使います。自己共役なら、λ∈σ(H)\lambda\in\sigma(H) は「∥ψk∥=1\lVert\psi_k\rVert=1、∥(H−λ)ψk∥→0\lVert(H-\lambda)\psi_k\rVert\to0 の列がある」と同じです(Weyl の判定法)既知。

箱 [0,L]: En=ℏ2π2n22mL2 (n≥1);直線: σ(P22m)=[0,∞)(5)\text{箱 }[0,L]:\ E_n=\frac{\hbar^2\pi^2n^2}{2mL^2}\ (n\ge1);\qquad \text{直線}:\ \sigma\Bigl(\frac{P^2}{2m}\Bigr)=[0,\infty) \tag{5}

壁で ψ=0\psi=0 とした箱のスペクトルは固有値だけです(離散スペクトル)。直線では平面波 eipx/ℏe^{ipx/\hbar} は ∫∣ψ∣2=∞\int|\psi|^2=\infty で状態になりません。例。幅 ℓ\ell の波束 ℓ−1/2χ(x/ℓ)eipx/ℏ\ell^{-1/2}\chi(x/\ell)e^{ipx/\hbar}(χ\chi は滑らかな山)では ∥(H−p2/2m)ψ∥\lVert(H-p^2/2m)\psi\rVert が 1/ℓ1/\ell 程度で 0 に近づき、どの E≥0E\ge0 もスペクトルに入り、固有値ではありません(連続スペクトル)。箱を広げると左の間隔が詰まり、右に近づきます(06 節)。

寄り道:谷が無限に続く井戸

寄り道

飛ばしてよい小節です。

平面上の V=12x2y2V=\tfrac12x^2y^2(ℏ=m=1\hbar=m=1)には座標軸に沿って V=0V=0 の谷が無限に続き、古典の粒子はいくらでも遠くへ逃げられます。量子では谷の奥ほど幅が狭く、yy の方向の振動子の最低エネルギー ∣x∣/2|x|/2(2-06)が壁になります。正確には、谷の奥だけで効く見積りです。計算正方形 [−R,R]2[-R,R]^2 で解くと、最低固有値は R=3,5,9R=3,5,9 で 0.5671, 0.55413, 0.554110.5671,\ 0.55413,\ 0.55411 と止まり、自由粒子の値 π2/4R2\pi^2/4R^2 は 0 へ向かいます。一様な SU(2)\mathrm{SU}(2) の場 A1=xσ1, A2=yσ2A_1=x\sigma_1,\ A_2=y\sigma_2 では、ヤン–ミルズの位置エネルギー −tr⁡[A1,A2]2-\operatorname{tr}[A_1,A_2]^2 が x2y2x^2y^2 に比例します(3-02 §07)。この端末の数値が示すのは、箱を広げても最低固有値が止まる傾向までです。問題の解説(Jaffe–Witten §6.6)は、平らな方向があっても束縛状態が生じる例として Simon(1983、題は「古典的には連続スペクトルなのに離散スペクトルを持つ量子作用素」)を引きます 既知。

04

基底状態 — 上からの評価は易しい

E0=inf⁡σ(H)E_0=\inf\sigma(H) を基底状態のエネルギー、それが固有値ならその固有ベクトル ϕ0\phi_0 を基底状態と呼びます。変分原理(1-10)では次の通りです。

E0=inf⁡ψ≠0⟨ψ,Hψ⟩⟨ψ,ψ⟩(6)E_0=\inf_{\psi\ne0}\frac{\langle\psi,H\psi\rangle}{\langle\psi,\psi\rangle} \tag{6}

どの試し関数も上界を与えますが、下界にはすべての ψ\psi を押さえる必要があります(この非対称は本の全体に出てくるので 1-10 §06 の囲みにまとめてあります)。注意を三つ。(i) 下端は固有値とは限りません(直線上の自由粒子)。(ii) 底まで落ちません。V=12mω2x2V=\tfrac12m\omega^2x^2 なら ⟨X2⟩⟨P2⟩≥ℏ2/4\langle X^2\rangle\langle P^2\rangle\ge\hbar^2/4 と相加相乗平均から ⟨H⟩≥ℏω/2\langle H\rangle\ge\hbar\omega/2 です(2-06)。(iii) 一次元で VV が遠方で増えるなら、基底状態は縮退せず正に取れ、nn 番目の固有関数は nn 個の零点を持ちます(Sturm の振動定理)既知。

例。ℏ=m=1\hbar=m=1、H=−12d2/dx2+x4H=-\tfrac12d^2/dx^2+x^4 にガウス関数 e−x2/4s2e^{-x^2/4s^2} を入れると ⟨H⟩s=1/8s2+3s4\langle H\rangle_s=1/8s^2+3s^4 で、その最小値 316481/3=0.68142\tfrac3{16}48^{1/3}=0.68142 が E0=0.667986E_0=0.667986 の上界です。奇の試し関数 xe−x2/4s2xe^{-x^2/4s^2} は偶の基底状態に直交するので、E1E_1 の上界を与えます。

計算表 1 ガウスの試し関数の最良の上界と、三点差分の固有値。

VE₀ の上界E₀E₁ の上界E₁上界の差E₁ − E₀
x⁴0.6814200.6679862.4237392.3936441.7423191.725658

上界どうしの差は、ギャップの上界でも下界でもありません(試し関数次第でどちらにもずれます)。下から押さえるには、基底状態に直交するすべての状態の評価が要ります。場の量子論で質量ギャップを示すことも、定義から、真空に直交する状態のエネルギーを下から押さえることです(4-11)。

05

ギャップの三つの読み方 — 値段・振動・減衰

基底状態が縮退せず E0E_0 がスペクトルの孤立点のとき、Δ=inf⁡(σ(H)∖{E0})−E0>0\Delta=\inf(\sigma(H)\setminus\{E_0\})-E_0\gt0 をギャップと呼びます。問題の解説は、真空のエネルギーを 0 として「HH のスペクトルが (0,Δ)(0,\Delta) に無い」ことを質量ギャップと定めています(Jaffe–Witten §4)既知。読み方は三つです。(i) 値段:正確には、ϕ0\phi_0 に直交する状態では ⟨H⟩≥E0+Δ\langle H\rangle\ge E_0+\Delta。(ii) 振動:ϕ0\phi_0 と ϕ1\phi_1 の重ね合わせは角振動数 Δ/ℏ\Delta/\hbar で揺れる((4))。(iii) 減衰:(3) に形式的に t=−iτt=-i\tau を入れると(2-04)、振動が減衰に変わる。

e−τ(H−E0)/ℏψ=c0ϕ0+∑n≥1cn e−(En−E0)τ/ℏϕn(7)e^{-\tau(H-E_0)/\hbar}\psi=c_0\phi_0+\sum_{n\ge1}c_n\,e^{-(E_n-E_0)\tau/\hbar}\phi_n \tag{7}

c0≠0c_0\ne0 なら基底状態に近づき、残りは e−Δτ/ℏe^{-\Delta\tau/\hbar} 倍以下になります。(7) の左辺を ψ(τ)\psi(\tau) と書き、基底状態の重みを w0(τ)=∣⟨ϕ0,ψ(τ)⟩∣2/∥ψ(τ)∥2w_0(\tau)=|\langle\phi_0,\psi(\tau)\rangle|^2/\lVert\psi(\tau)\rVert^2 とします。1−w01-w_0 は基底状態以外にある確率で、図 1 と表 2 はこれを追います。自己共役な AA(⟨ϕ0,Aϕ0⟩=0\langle\phi_0,A\phi_0\rangle=0)の虚時間の相関では次の形です。

0≤⟨Aϕ0, e−τ(H−E0)/ℏAϕ0⟩≤e−Δτ/ℏ ∥Aϕ0∥2(8)0\le\langle A\phi_0,\,e^{-\tau(H-E_0)/\hbar}A\phi_0\rangle\le e^{-\Delta\tau/\hbar}\,\lVert A\phi_0\rVert^2 \tag{8}

(8) から、虚時間の方向で相関が消えるまでの目安は ℏ/Δ\hbar/\Delta 以下です。これは時間の次元の量で、相対論では cc を掛けて長さ ℏc/Δ\hbar c/\Delta にします。空間の方向の減衰(クラスター性)と相関長(2-08)は 4-11、経路の和での見方は 2-07 で扱います。

図 1 虚時間 τ を進めると、x = 0.3 中心の山(色)が基底状態 φ₀(破線)に近づく。右は 1 − w₀(常用対数の目盛)で、次の準位だけ残した予想(破線。自然対数で傾き −2Δ、ħ = 1)に揃う
τ = 0.000 1 − w₀ = 6.91e-1

計算図の数値はこの端末で計算しました(箱 [0,1][0,1]、H=−d2/dx2H=-d^2/dx^2(ℏ=1\hbar=1、ℏ2/2m=1\hbar^2/2m=1)、Δ=3π2\Delta=3\pi^2。係数は python3 で求め、(7) の部分和をその場で計算)。

計算表 2 基底状態以外の重み 1−w01-w_0 と、次の準位だけ残した予想 (c1/c0)2e−2Δτ(c_1/c_0)^2e^{-2\Delta\tau}。

τ1 − w₀予想
06.905e-11.195e+0
0.055.831e-26.189e-2
0.103.194e-33.204e-3
0.151.659e-41.659e-4

重みは振幅の二乗なので指数は 2Δ2\Delta です。中央について対称な状態なら c1=0c_1=0 で、減り方は E2−E0=8π2E_2-E_0=8\pi^2 で決まります。ギャップが保証するのは、どの状態にも効く最も遅い減り方です。

06

閉じるギャップ、残るギャップ — 箱を広げる

質量ギャップは無限に広い空間で問われます。有限の箱で正でも、広げると閉じることがあります。問題の解説も、体積によらない一様なギャップが無限体積極限の証明で役を果たしうること、その証明には新しい着想が要ることを述べます(Jaffe–Witten §5・§6.5)既知。ℏ=m=1\hbar=m=1、箱 [−L/2,L/2][-L/2,L/2] で三つの VV を比べます。

計算表 3 箱の長さ LL と隙間 E1−E0E_1-E_0(三点差分。V=0V=0 は厳密値 3π2/2L23\pi^2/2L^2 と一致)。

LV = 0V = −sech²xV = x²/2
100.148040.575181.00000
400.009250.503421.00000
1600.000580.500201.00000

自由粒子の隙間は 1/L21/L^2 で閉じます。−sech⁡2x-\operatorname{sech}^2x には束縛状態 sech⁡x/2\operatorname{sech}x/\sqrt2(E0=−1/2E_0=-1/2、代入で確かめられます)がちょうど一つあり、次の準位が連続スペクトルの下端 0 へ下がるので、隙間は 1/21/2 に向かいます 既知。ギャップの上は連続スペクトルでもかまいません。質量ギャップを持つ場の理論でも、真空の上は粒子の連続スペクトルで、Δ\Delta から始まります(2-04)。

例。独立な振動子 NN 個では、基底エネルギー Nℏω/2N\hbar\omega/2 は NN とともに増え、N→∞N\to\infty で発散します。それでもギャップは ℏω\hbar\omega のままです(2-06)。場の量子論では真空のエネルギーを 0 とし、差を問います。Jaffe–Witten §4 は、真空のベクトル Ω\Omega が Poincaré 群(2-04)の下で不変であることから HΩ=0H\Omega=0 と述べています。

07

二重井戸 — 摂動論に映らない隙間

同じ井戸を二つ並べ、間の山を高くしていきます(ℏ=m=1\hbar=m=1)。

Va(x)=(x2−a2)28a2,Va′′(±a)=1,S0=∫−aa2Va dx=2a23(9)V_a(x)=\frac{(x^2-a^2)^2}{8a^2},\qquad V_a''(\pm a)=1,\qquad S_0=\int_{-a}^{a}\sqrt{2V_a}\,dx=\frac{2a^2}{3} \tag{9}

谷一つなら最低準位は約 1/21/2 で、谷の数だけ二重に重なります。谷の間のすり抜けが (4) の gg の役をして、準位は偶の ϕ0\phi_0 と奇の ϕ1\phi_1 に分かれ、山が高いときの幅は次の通りです 既知。

E1−E0≈4aπ e−2a2/3=26S0π  e−S0(10)E_1-E_0\approx\frac{4a}{\sqrt\pi}\,e^{-2a^2/3}=2\sqrt{\frac{6S_0}{\pi}}\;e^{-S_0} \tag{10}

Zinn-Justin–Jentschura(2004)の式 (2.8) 2πge−1/6g\frac{2}{\sqrt{\pi g}}e^{-1/6g} で g=1/4a2g=1/4a^2 としたものです(同論文の位置エネルギーを aa ずらすと (9)。山の高さは a2/8=1/32ga^2/8=1/32g)。谷の一つのまわりで VaV_a を振動子の項と、gg が小さいとき小さい残りの項に分け、準位を gg のべきで展開して各次数の係数を順に求めるのが摂動論です(4-03)。その摂動級数はパリティ(x→−xx\to-x での偶奇)によらず、二つの準位で同じです(同論文 (2.13)–(2.14) の説明)既知。隙間の e−1/6ge^{-1/6g} は、gg のべき級数に展開すると係数がすべて 0 です。摂動論をどれだけ高い次数まで計算しても、この隙間は現れません。S0S_0 は虚時間で −Va-V_a の山頂から山頂へ転がる古典解(インスタントン)の作用です。ヤン–ミルズでの対応物は 3-05、e−1/g2e^{-1/g^2} の形の量は 4-07・4-12 で出ます。

図 2 a を大きくすると谷(±a)が離れて山が高くなり、準位 E₀(色の実線)と E₁(色の破線)が寄って重なる。下段は φ₀(実線)・φ₁(破線)と、左の谷から出た状態の確率密度(塗り)。「動かす」で右の谷へ移る(時間は縮めて表示)
a = 2 Δ = 0.1729

計算図の数値はこの端末で計算しました(準位と波動関数は python3 の三点差分。塗りは 12(ϕ02+ϕ12−2ϕ0ϕ1cos⁡Δt)\tfrac12(\phi_0^2+\phi_1^2-2\phi_0\phi_1\cos\Delta t))。

計算表 4 (9) の隙間(三点差分)と (10) の比較。右端は、同じ論文が予想として述べる展開 (2.13) の係数(式 (2.19a))による補正の倍率 1−7112g−6299288g21-\frac{71}{12}g-\frac{6299}{288}g^2 です 物理。

aΔ(数値)式 (10)比補正の倍率
21.729e-13.136e-10.5510.545
31.355e-21.678e-20.8070.819
41.895e-42.104e-40.9010.902
56.118e-76.519e-70.93840.9386

比は 1 に、また補正の倍率に近づきます(a=5a=5 で差 2×10−42\times10^{-4})。a=5a=5 の隙間は準位の間隔(約 1)より 6 桁小さく、右へ移る時間 π/Δ\pi/\Delta は約 5×1065\times10^6 です。

08

ギャップと Poincaré 不等式 — 基底状態で重みを付ける

一次元で ϕ0>0\phi_0\gt0 のとき(04 節)、実数値の ff で ψ=fϕ0\psi=f\phi_0 と書いて部分積分すると、Hϕ0=E0ϕ0H\phi_0=E_0\phi_0 により V−E0V-E_0 の項が消えます。

⟨ψ,(H−E0)ψ⟩=ℏ22m∫∣f′∣2 dμ,dμ=ϕ02 dx(11)\langle\psi,(H-E_0)\psi\rangle=\frac{\hbar^2}{2m}\int|f'|^2\,d\mu,\qquad d\mu=\phi_0^2\,dx \tag{11}

ψ⊥ϕ0\psi\perp\phi_0 は ∫f dμ=0\int f\,d\mu=0 のことで、そのとき ∥ψ∥2=Var⁡μ(f)\lVert\psi\rVert^2=\operatorname{Var}_\mu(f) です。変分原理を ϕ0\phi_0 に直交する ψ\psi に使うと、最良の定数で次が成り立ちます。

Var⁡μ(f)≤CP∫∣f′∣2 dμ,CP=ℏ22mΔ(12)\operatorname{Var}_\mu(f)\le C_P\int|f'|^2\,d\mu,\qquad C_P=\frac{\hbar^2}{2m\Delta} \tag{12}

ギャップは基底状態の分布 μ\mu の Poincaré 定数に反比例します 既知(Poincaré 不等式は 1-10 §07、重みの付いた形は §08)。ここでの μ\mu は一つの時刻での基底状態の分布です。ψ=fϕ0\psi=f\phi_0 と対応させると H−E0H-E_0 は ℏ22mL\tfrac{\hbar^2}{2m}L(LL はこの μ\mu に対する 1-10 §08 の作用素)にあたり、LL の隙間は 2mΔ/ℏ22m\Delta/\hbar^2 です。1-10 §09 の CP≈ξ2C_P\approx\xi^2 は、虚時間の経路全体の測度(1-08 (10))についての言明で、別の量です。例。振動子(ℏ=m=ω=1\hbar=m=\omega=1)では ϕ0=π−1/4e−x2/2\phi_0=\pi^{-1/4}e^{-x^2/2}(代入で確かめられます)なので μ\mu は分散 1/21/2 の正規分布で、ギャップ 1(表 3 の右列、2-06)から CP=1/2C_P=1/2 です。「正規分布の Poincaré 定数は分散に等しい」は、振動子のギャップ ℏω\hbar\omega と同じ内容です(f=xf=x で等号)。二重井戸の a=3a=3 では CP=1/2Δ=36.9C_P=1/2\Delta=36.9 です。ff を「左で −1-1、右で +1+1」に近く取ると、分散は約 1 なのに、傾きは μ\mu のほとんど無い山の間でしか効きません。分布のくびれがギャップを小さくします。同じ形は一リンク積分(5-11・このサイトの論文)でも使います。


この章が言えている範囲

言えている言えていない(どこで扱うか)
既知状態・スペクトル・変分原理の枠組み、表 1〜3 の準位と隙間、虚時間での減り方(数値は表 1〜3・図 1 計算)Stone の定理・Weyl の判定法・Sturm の振動定理は引用で、証明していない
計算12x2y2\tfrac12x^2y^2 の最低固有値が、箱を R=3,5,9R=3,5,9 と広げても止まる傾向止まることの証明(離散スペクトルは Simon(1983)の主題。本文は読んでいない)
既知二重井戸の隙間の主要項 (10) と、それが摂動級数のどの次数にも現れないこと(比が 1 へ近づく傾向は表 4 計算)(10) の導出。補正の係数を含む展開 (2.13) は同論文の予想 物理(インスタントンは 3-05、発散級数は 4-12)
既知ギャップが基底状態の分布の Poincaré 定数に反比例すること(一次元・ϕ0>0\phi_0\gt0)変数が無限個のときの (11) の正当化。経路の測度の CP≈ξ2C_P\approx\xi^2 との関係(1-10・10-03)
—無限個の自由度と相対論の要請のもとでの質量ギャップ(4-11)。この章はヤン–ミルズの質量ギャップについて何も示していない

出典と再現

もの種別出典・道具
表 1〜4・寄り道の数値・図 1〜2計算python3(NumPy・SciPy の三点差分・疎行列・数値積分)。図はブラウザの JavaScript
質量ギャップの定義・HΩ=0H\Omega=0・一様なギャップ・平らな方向の注既知A. Jaffe, E. Witten, “Quantum Yang–Mills Theory”(Clay 数学研究所の公式問題文。問題の発表は 2000 年)。所収:J. Carlson, A. Jaffe, A. Wiles (eds.), The Millennium Prize Problems, CMI/AMS, pp. 129–152(書の刊行年は未確認)。§4・§5・§6.5・§6.6 を確認
二重井戸の隙間の主要項 (10)・摂動級数がパリティによらないこと既知J. Zinn-Justin, U. D. Jentschura, Ann. Phys. 313 (2004) 197–267, arXiv:quant-ph/0501136。§2.1 の式 (2.1)〜(2.8) と (2.13)–(2.14) の説明を確認
表 4 の補正の倍率物理同論文が予想として述べる展開 (2.13) の係数 (2.19a)(同論文は証明なしで引用)。この端末では数値で傾向を確認 計算
Schrödinger 方程式既知E. Schrödinger, “Quantisierung als Eigenwertproblem”, Ann. Phys. 384 (1926) 361–376(第 1 報。時間によらない固有値問題)、同題の第 4 報 Ann. Phys. 386 (1926) 109–139。時間を含む形 (3) は第 4 報にあるとされる(未確認)。いずれも書誌のみ
確率の解釈/Stone の定理/平らな方向と離散スペクトル既知M. Born, Z. Phys. 37 (1926) 863–867(帰属は二次資料による)/M. H. Stone, Ann. of Math. 33 (1932) 643–648/B. Simon, “Some quantum operators with discrete spectrum but classically continuous spectrum”, Ann. Phys. 146 (1983) 209–220(Jaffe–Witten の文献 [43]。x2y2x^2y^2 を扱う箇所は未確認)。いずれも書誌のみ
変分原理・Poincaré 不等式(重みの付いた形)・正規分布の Poincaré 定数既知1-10 §06・§07・§08
Weyl の判定法・Sturm の振動定理・不確定性・(11)既知標準的な事実(1-10 には無い。書誌は付けていない)

次に読む章:2-06 調和振動子と生成消滅。虚時間の続きは 2-07、ギャップの定義の本体は 4-11。

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改訂 2026-10-01:初版。