computo ergo sum

2026-10-01 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 2 部 物理の準備場と波動方程式

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの厳密な証明へ — この端末の検討
  103. 10-00 第 10 部の入口 — 酔歩と定規と時計
  104. 10-01 理論の構成の筋
  105. 10-02 一段の記帳
  106. 10-03 仮定 H と三つの鎖
  107. 10-04 方向の地図
  108. 10-05 方向 12〜14
  109. 10-06 方向 15・15′
  110. 10-07 Lean で閉じた言明と既存の結果の対応表
  111. 10-08 壁の一覧
  112. 10-09 ひらめき帳から
  113. 10-10 主張しないこと
  114. 10-12 つじつま合わせ
  115. 10-11 定理までの距離
  116. 10-13 小さな問い — 卒業研究の大きさで決着のつく十〜二十問
  117. 付録
  118. A-01 記号表
  119. A-02 用語集
  120. A-03 文献案内
  121. A-04 Lean と機械検査
  122. A-05 この本の作り方
  123. A-06 仮定の索引

場という考え — 粒の数を無限にすると、系の座標が関数になる

この章で分かること — 場は、粒の鎖で粒の数を無限にした極限であること。
弦は独立な単振動の無限個の集まりで、質量項があると振動数に下限ができ、箱を広げても残ること。
代価:熱平衡の場の値は、空間が二次元以上だと一点で定まらないこと。

前提となる章 — 2-01(Euler–Lagrange 方程式・Noether の定理)。対称行列の固有値(1-01)。フーリエ級数は 04 節で必要な分だけ作ります。

先に言うこと — 古典の場だけを扱います(量子化は 2-06)。06 節の「振動数の下限」は古典の波の性質で、問題文の質量ギャップ(量子論のスペクトルの隙間、4-11)そのものではありません。この章は質量ギャップについて何も示していません。

この章の順序
  1. 粒の鎖 — 自由度 N 個
  2. 基準振動 — 独立な単振動に分かれる
  3. 連続極限 — 波動方程式が出る(図 1)
  4. 波の解 — 進む波と定在波(図 2)
  5. エネルギー — 保存とモードへの配分
  6. 質量項 — 振動数の下限(図 3)
  7. 自由度が無限個ということ — 熱い場は一点で定まらない(図 4)
  8. この本での行き先 — 分けられたのは線形だったから(寄り道:閉じ込めの弦も、この方程式で揺れる)

01

粒の鎖 — 自由度が N 個の系

場の話は、有限個の粒から始めるのが近道です。長さ ℓ\ell の区間に NN 個の粒を間隔 a=ℓ/(N+1)a=\ell/(N+1) で並べ、隣どうしを張った糸でつなぎ、両端を壁に固定します。粒 jj の横のずれを qj(t)q_j(t)(壁は q0=qN+1=0q_0=q_{N+1}=0)、粒の質量を m=ρam=\rho a(ρ\rho は線密度)、張力を σ\sigma とします。

隣とのずれ Δq\Delta q が小さいと、間の糸は a2+Δq2−a≈Δq2/(2a)\sqrt{a^2+\Delta q^2}-a\approx\Delta q^2/(2a) だけ伸びます。粒は横にだけ動くとし、次の項 −Δq4/(8a3)-\Delta q^4/(8a^3) は捨てます。こうして以下の方程式は線形になります(線形であることが効く場面は 08 節)。張力 × 伸び が位置エネルギーなので、ラグランジアン(2-01)と Euler–Lagrange 方程式は次の形です。

L=∑j=1Nm2q˙j 2−∑j=0Nσ2a(qj+1−qj)2L=\sum_{j=1}^{N}\frac{m}{2}\dot q_j^{\,2}-\sum_{j=0}^{N}\frac{\sigma}{2a}(q_{j+1}-q_j)^2 mq¨j=σa(qj+1−2qj+qj−1)m\ddot q_j=\frac{\sigma}{a}\bigl(q_{j+1}-2q_j+q_{j-1}\bigr)

右辺には隣の粒しか出てきません。この局所性はゲージ理論まで残ります。例。N=1N=1 なら mq¨=−(2σ/a)qm\ddot q=-(2\sigma/a)q の単振動で、ℓ=ρ=σ=1\ell=\rho=\sigma=1 のとき ω=8≈2.828\omega=\sqrt8\approx2.828 です。

02

基準振動 — もつれた振動をほどく

まとめて q¨=−Kq\ddot{\mathbf q}=-K\mathbf q と書くと、KK は対角成分が 2σ/(ma)2\sigma/(ma)、その両隣が −σ/(ma)-\sigma/(ma)、ほかが 0 の対称行列です。対称行列なので、直交する NN 本の固有ベクトルを持ち、固有値は実数です(1-01)。固有値は負にもなりません。q⋅Kq\mathbf q\cdot K\mathbf q は位置エネルギーの 2/m2/m 倍で、二乗の和だからです。固有ベクトル v\mathbf v では v⋅Kv=λ∣v∣2\mathbf v\cdot K\mathbf v=\lambda|\mathbf v|^2 なので λ≥0\lambda\ge0。両端が壁に留まるので位置エネルギーが 0 になるのは q=0\mathbf q=0 のときだけで、λ=0\lambda=0 も起きません。そこで固有値を ωn2\omega_n^2(ωn>0\omega_n\gt0)と書きます。

固有ベクトルを軸に取り直すと、各成分は Q¨n=−ωn2Qn\ddot Q_n=-\omega_n^2Q_n に従います。もつれ合った NN 個の粒が、互いに無関係な NN 個の単振動に分かれる。これが基準振動で、それぞれの揺れ方を「モード」、nn をモードの番号と呼びます。この行列では n=1,…,Nn=1,\dots,N について閉じた式が書けます。

vn(j)=sin⁡jnπN+1v_n(j)=\sin\frac{jn\pi}{N+1} ωn=2σma sin⁡nπ2(N+1)\omega_n=2\sqrt{\frac{\sigma}{ma}}\,\sin\frac{n\pi}{2(N+1)}

代入して sin⁡(A+B)+sin⁡(A−B)=2sin⁡Acos⁡B\sin(A+B)+\sin(A-B)=2\sin A\cos B を使えば確かめられます。例。ℓ=ρ=σ=1\ell=\rho=\sigma=1 なら ωn=2(N+1)sin⁡nπ2(N+1)\omega_n=2(N+1)\sin\frac{n\pi}{2(N+1)} で、nn が NN より十分小さいと ωn≈nπ\omega_n\approx n\pi。次の節の弦の振動数です。

03

連続極限 — 場と波動方程式

粒の数を増やし間隔 aa を 0 に近づけます。ℓ\ell・ρ\rho・σ\sigma は固定し、粒の質量 m=ρam=\rho a は 0 へ。何を固定して極限を取るかは、格子ゲージ理論で同じ形の問いとして戻ってきます(5-09)。番号 jj を位置 x=jax=ja と読み替えて qj(t)=u(t,x)q_j(t)=u(t,x) と書くと、(qj+1−qj)/a→∂xu(q_{j+1}-q_j)/a\to\partial_xu、∑ja(⋯ )→∫dx\sum_ja(\cdots)\to\int dx、(qj+1−2qj+qj−1)/a2→∂x2u(q_{j+1}-2q_j+q_{j-1})/a^2\to\partial_x^2u となり、

L=∫0ℓL dx,L=ρ2(∂tu)2−σ2(∂xu)2L=\int_0^{\ell}\mathcal L\,dx,\quad \mathcal L=\frac{\rho}{2}(\partial_tu)^2-\frac{\sigma}{2}(\partial_xu)^2 ∂t2u=c2∂x2u,c=σ/ρ\partial_t^2u=c^2\partial_x^2u,\quad c=\sqrt{\sigma/\rho}

L\mathcal L をラグランジアン密度、下の式を波動方程式と呼びます。同じ式は場の Euler–Lagrange 方程式 ∂t∂L∂(∂tu)+∂x∂L∂(∂xu)−∂L∂u=0\partial_t\frac{\partial\mathcal L}{\partial(\partial_tu)}+\partial_x\frac{\partial\mathcal L}{\partial(\partial_xu)}-\frac{\partial\mathcal L}{\partial u}=0 からも出て、この形は電磁場(2-03)でもヤン–ミルズ場(3-03)でも使います。

場とは、添字 jj が連続な xx に置き換わった系です。系の「座標」は数の組ではなく関数 u(t,⋅)u(t,\cdot) 一つです。弦の基準振動は sin⁡(nπx/ℓ)cos⁡ωnt\sin(n\pi x/\ell)\cos\omega_nt、振動数は ωn=nπc/ℓ\omega_n=n\pi c/\ell(n=1,2,…n=1,2,\dots)で、上限がありません。

図 1 N と n を変えると、鎖(実線と点)と弦(破線)の揺れと振動数のずれが変わる。下段は全モードの振動数(破線:弦 ω = nπ、点:鎖)。表 1 の数値を押すと、その N と n になる
N = 6, n = 1

計算図の数値は本文の閉じた式からその場で計算。

計算表 1 鎖と弦の振動数の比 ωn/(nπ)\omega_n/(n\pi)(ℓ=ρ=σ=1\ell=\rho=\sigma=1)。行列 KK の固有値を数値で求めた値で、閉じた式との相対差は最大 3×10−123\times10^{-12} でした。

Nn = 1n = N/2n = N
40.98360.93550.7568
160.99860.91140.6735
640.999900.90330.6464
2560.9999940.90110.6391

nn を固定すれば比は 1 に近づきますが、n=N/2n=N/2 の列は sin⁡(π/4)/(π/4)≈0.900\sin(\pi/4)/(\pi/4)\approx0.900 へ、n=Nn=N の列は 2/π≈0.6372/\pi\approx0.637 へ近づくだけです。連続極限は波長が間隔より十分長い波についての近似です。

04

波の解 — 進む波と定在波

解は二通りに読めます。進む波として:二回微分できる任意の f,gf,g について u=f(x−ct)+g(x+ct)u=f(x-ct)+g(x+ct) は解です。ff は右へ、gg は左へ、形を保って速さ cc で進みます。初めの形 u0u_0・初速 0 なら u=12[u0(x−ct)+u0(x+ct)]u=\frac12[u_0(x-ct)+u_0(x+ct)] で、山は二つに割れます(両端固定なら u0u_0 を奇関数・周期 2ℓ2\ell に延ばす)。この形の解は d'Alembert の 1747 年の論文にさかのぼるとされます。

定在波の重ね合わせとして:方程式が線形なので、基準振動の和も解です。

u=∑n≥1bnsin⁡nπxℓcos⁡ωntu=\sum_{n\ge1}b_n\sin\frac{n\pi x}{\ell}\cos\omega_nt bn=2ℓ∫0ℓu0(x)sin⁡nπxℓ dxb_n=\frac{2}{\ell}\int_0^{\ell}u_0(x)\sin\frac{n\pi x}{\ell}\,dx

係数の式は sin⁡(nπx/ℓ)\sin(n\pi x/\ell) どうしの直交性(積の積分が n≠n′n\ne n' で 0、n=n′n=n' で ℓ/2\ell/2)から出ます。フーリエ正弦級数です(1-11)。例。位置 pp を高さ hh まで引いて放した三角形では bn=2hℓ2n2π2p(ℓ−p)sin⁡nπpℓb_n=\frac{2h\ell^2}{n^2\pi^2p(\ell-p)}\sin\frac{n\pi p}{\ell}。係数は 1/n21/n^2 でしか減らず、角を表すには高いモードまで要ります。

図 2 K と p を変えると、定在波の和(実線)とd'Alembert の解(破線)の近さ、エネルギーの配分(棒)が変わる。動かすと山が二つに割れ、壁で裏返る。表 2 の数値を押すと、その p と K になる
K = 5

計算図の数値は bnb_n の部分和と d'Alembert の式からその場で計算(ℓ=c=h=1\ell=c=h=1)。

05

エネルギー — 保存と、モードへの配分

運動と位置のエネルギーの和 EE は時間によりません。波動方程式を使うと被積分関数の時間微分が σ ∂x(∂tu ∂xu)\sigma\,\partial_x(\partial_tu\,\partial_xu) になり、両端が動かないので境界の項が消えるからです。

E=∫0ℓ[ρ2(∂tu)2+σ2(∂xu)2]dxE=\int_0^{\ell}\Bigl[\frac{\rho}{2}(\partial_tu)^2+\frac{\sigma}{2}(\partial_xu)^2\Bigr]dx dEdt=σ[∂tu  ∂xu]0ℓ=0\frac{dE}{dt}=\sigma\bigl[\partial_tu\;\partial_xu\bigr]_0^{\ell}=0

Noether の定理(2-01)の場の版です。基準振動に分けると直交性で交差項が消え、E=∑nEnE=\sum_nE_n、En=ρℓ4(b˙n 2+ωn2bn2)E_n=\frac{\rho\ell}{4}(\dot b_n^{\,2}+\omega_n^2b_n^2)。各 EnE_n は一つずつ保存します。弦は、互いに無関係な単振動の無限個の集まりです。

例。はじいた弦(s=p/ℓs=p/\ell)では、モード nn の取り分は fn=2sin⁡2(nπs)n2π2s(1−s)f_n=\frac{2\sin^2(n\pi s)}{n^2\pi^2s(1-s)} です。

計算表 2 最初の KK 個のモードが持つエネルギーの割合。全項の和が 1 になること(200 万項で 5 桁以上)も確かめました。

s = p/ℓK = 1K = 3K = 10K = 100
0.50.81060.90060.95960.9959
0.250.54040.87060.95080.9946
0.10.21500.57320.89200.9887
0.020.04080.12170.38820.9489

真ん中をはじくと f1=8/π2≈0.81f_1=8/\pi^2\approx0.81。端の近く(s=0.02s=0.02)では最初の 10 個で 4 割に届かず、エネルギーは短い波長の側へ逃げます。

06

質量項 — 振動数に下限ができる

各粒を元の位置へ引き戻すばね(定数 κ\kappa)でも床につなぐと、位置エネルギーに ∑jκ2qj2\sum_j\frac{\kappa}{2}q_j^2 が足されます。Ω2=κ/m\Omega^2=\kappa/m を固定した連続極限が左の Klein–Gordon 方程式、平面波 cos⁡(kx−ωt)\cos(kx-\omega t) を代入した分散関係が右です。ここでの kk は波数(単位長さあたりの位相の進み。波長 λ\lambda なら k=2π/λk=2\pi/\lambda)で、モードの番号 nn とは別の量です。

∂t2u=c2∂x2u−Ω2u,ω2=c2k2+Ω2\partial_t^2u=c^2\partial_x^2u-\Omega^2u,\qquad \omega^2=c^2k^2+\Omega^2

Ω=0\Omega=0 なら ω=c∣k∣\omega=c|k| で、波長を長くすれば振動数は 0 に近づきます。Ω>0\Omega\gt0 なら常に ω≥Ω\omega\ge\Omega:振動数に下限ができます。長さ ℓ\ell の箱では波数が kn=nπ/ℓk_n=n\pi/\ell に限られ、最低振動数は ω1=(cπ/ℓ)2+Ω2\omega_1=\sqrt{(c\pi/\ell)^2+\Omega^2}。有限の箱では Ω=0\Omega=0 でも正で、問われるのは箱を広げても下限が残るかどうかです。質量ギャップの定義が無限体積で書かれるのはこのためです(4-11)。

図 3 Ω と ℓ を変えると、分散関係(曲線)と箱が許す波(点)が変わる。左端の大きな点が最低振動数
ℓ = 4.0

計算図の数値は ω=k2+Ω2\omega=\sqrt{k^2+\Omega^2}、kn=nπ/ℓk_n=n\pi/\ell からその場で計算(c=1c=1)。

計算最低振動数(c=1c=1)は、ℓ=1,10,100,1000\ell=1,10,100,1000 に対して Ω=0\Omega=0 で 3.142, 0.314, 0.0314, 0.00314、Ω=1\Omega=1 で 3.297, 1.048, 1.0005, 1.000005(閉じた式の値)。ℓ≤100\ell\le100 では、間隔 0.05 の鎖の行列の最小固有値と相対差 0.11% 以内(ℓ=1\ell=1 で最大)で一致しました。

古典の下限と、質量ギャップ

既知量子化すると(2-06)、自由な場の真空の上のいちばん低い励起は無限体積で ℏΩ\hbar\Omega です。E=mc2E=mc^2 と比べて Ω=mc2/ℏ\Omega=mc^2/\hbar と読むので、この項を質量項と呼びます。ヤン–ミルズの作用には質量項がありません(ゲージ不変性が許さない、3-02)。物理それでも量子論では隙間が生じると考えられ、格子の数値計算も支持しています(5-08)。質量項を足さずに、理論の中から隙間が出ることを数学として示す——それが問題の中身です(0-03)。

07

自由度が無限個ということ

弦の自由度は可算無限個です。困るのはすべてのモードが同じ重みで揺すられるとき、典型は熱平衡です。最小限の定義(詳しくは 2-08):温度 TT の熱平衡では、配置の確率密度が exp⁡(−V/kBT)\exp(-V/k_BT) に比例します(kBk_B はボルツマン定数)。V=∑nκn2Qn2V=\sum_n\frac{\kappa_n}{2}Q_n^2 なら各 QnQ_n は独立なガウス分布(1-08)に従い、分散は kBT/κnk_BT/\kappa_n、位置エネルギーの平均は一つあたり kBT/2k_BT/2 です(等分配)。弦では u=∑nqnsin⁡(nπx/ℓ)u=\sum_nq_n\sin(n\pi x/\ell) に対し κn=σn2π2/(2ℓ)\kappa_n=\sigma n^2\pi^2/(2\ell) で、三つのことが起きます。

  1. 全エネルギーは無限大。無限個のモードに kBT/2k_BT/2 ずつ配られるからです。
  2. 一点での変位は有限。Var⁡u(x)=∑n2ℓkBTσn2π2sin⁡2nπxℓ=kBTσ⋅x(ℓ−x)ℓ\operatorname{Var}u(x)=\sum_n\frac{2\ell k_BT}{\sigma n^2\pi^2}\sin^2\frac{n\pi x}{\ell}=\frac{k_BT}{\sigma}\cdot\frac{x(\ell-x)}{\ell}。この確率的な曲線はブラウン橋と呼ばれます(既知Sheffield 2007)。
  3. 傾きは定まらない。Var⁡∂xu=2kBTσℓ∑ncos⁡2nπxℓ\operatorname{Var}\partial_xu=\frac{2k_BT}{\sigma\ell}\sum_n\cos^2\frac{n\pi x}{\ell} は発散します。曲線は途切れないのに、どこも角だらけです。正確には、どの点でも傾きが確率変数として定義できない、という意味です。
図 4 K を倍々に増やすと、熱平衡の弦の見本が細かくなる。大筋は変わらず、破線の帯 ±2x(1−x)\pm2\sqrt{x(1-x)}(標準偏差の 2 倍)におおむね収まる(各点で外に出る確率は約 5%)
K = 8

計算図は u=∑n≤Kgn2sin⁡(nπx)/(nπ)u=\sum_{n\le K}g_n\sqrt2\sin(n\pi x)/(n\pi)(gng_n は種を固定した正規乱数、ℓ=kBT/σ=1\ell=k_BT/\sigma=1)をその場で計算。

計算空間の次元 dd を上げたとき(膜、箱の中の場)の、箱 [0,1]d[0,1]^d の中心での分散(単位 kBT/σk_BT/\sigma)を、各方向の番号を KK まで取ったモードの和で数えます(K=10K=10 から 160 まで倍々)。モード n=(n1,…,nd)n=(n_1,\dots,n_d) の寄与は 1/∣n∣21/|n|^2 に比例します。格子で刻んだ同じ量の表と図は 1-09 表 3・図 3 にあり、この本ではそれを正本にします。四で切り替わる量と並べた図は 1-12 §10 の次元のつまみです。

d=1d=1 は 1/41/4(ブラウン橋の中心の値)に収束します。d=2d=2 は KK を倍にするごとに ln⁡2/(2π)≈0.110\ln2/(2\pi)\approx0.110 ずつ増え(log⁡K\log K で発散)、d=3d=3 は倍、d=4d=4 は四倍になります。半径 rr の殻のモード数が rd−1r^{d-1} に比例し、一つあたり 1/r21/r^2 なので、和は ∑rd−3\sum r^{d-3} の形です。発散は波長の短い側から来ます。

既知dd 次元の箱の中の場を φ(x)\varphi(x) と書きます(弦の uu の多次元版)。d≥2d\ge2 では熱い場の一点の値 φ(x)\varphi(x) は意味を持たず、滑らかな重みの関数 ff をかけて積分した値 ∫φf dx\int\varphi f\,dx だけが確率変数として意味を持ちます。この意味で、場は関数ではなく超関数に値を取ります(Sheffield 2007、1-09・1-11)。量子の場を虚時間で書くと時間も空間の一方向と同じ扱いになり、四次元時空の自由な場は d=4d=4 の行と同じ形の和を持ちます(4-02)。

場が荒いほど、場どうしの積(非線形項)に意味を与えにくくなります。正確には、超関数どうしの積は一般には定義できません(1-11)。発散(4-04)はその素朴な現れです。どこまで荒くても非線形項を扱えるかを正確に述べるのが、確率量子化の「劣臨界・臨界」です(6-09)。

08

この本での行き先

この先の使い道:電磁場のポテンシャルと冗長さ(2-03)、∂t2/c2−∂x2\partial_t^2/c^2-\partial_x^2 のローレンツ不変性(2-04・時空の記事。波が尾を引くかは空間の次元で決まる:同記事)、モードを量子の振動子にした Fock 空間(2-06)、場の上の確率(2-07)。

3-02 で前提が一つ崩れます。基準振動に分けられたのは、方程式が線形だったからです。ヤン–ミルズ場は各点でリー環に値を取り、自分自身と相互作用するので、モードは独立でなくなります。古典の波には下限もありません。物理それでも量子では隙間が生じると考えられています。

寄り道:閉じ込めの弦も、この方程式で揺れる

寄り道

飛ばしてよい小節です。

物理重い電荷の対を距離 rr だけ離すと、間のヤン–ミルズ場は張力 σ\sigma の弦のような管になると考えられています(7-03)。管は相対論的な弦とみなされ、そのとき線密度は ρ=σ/c2\rho=\sigma/c^2 で、横波の速さ σ/ρ\sqrt{\sigma/\rho} は光速 cc に等しくなります。管の横揺れは波動方程式に従うとされ、モード ωn=nπc/r\omega_n=n\pi c/r の零点エネルギー(量子の振動子のいちばん低いエネルギー ℏωn/2\hbar\omega_n/2、2-06)を揺れる向き d−2d-2 個(ここの dd は時空の次元で、7-03 と同じ字。07 節の dd は場が広がる空間の次元です)について足し、発散する 1+2+3+⋯1+2+3+\cdots に形式的に −1/12-1/12 を当てる(4-12)と、V(r)=σr−(d−2)πℏc24r+⋯V(r)=\sigma r-\frac{(d-2)\pi\hbar c}{24r}+\cdots が出ます。この Lüscher 項は有効弦理論の予想として格子の数値と比べられてきました(Lüscher 1981、解説 Hari Dass 2023)。筋書きであり導出ではありません。


この章が言えている範囲

内容状態
01〜06 節の古典の事実(鎖の振動数、連続極限、波の二つの解、エネルギーの保存と分配、質量項による下限)言えている 既知(表 1・2 と 06 節で数値も確認 計算)
熱平衡の場の一点の分散が d = 1 で有限、d ≥ 2 で発散すること言えている 既知(発散の速さは K ≤ 160 の数値と殻の数え上げ 計算)
連続極限の厳密な収束言えていない(この章の極限は形式的)
古典の振動数の下限と量子の隙間の対応自由な場でだけ言える 既知(2-06)
閉じ込めの弦と Lüscher 項/ヤン–ミルズの質量ギャップ前者は物理の水準の筋書きのみ 物理。後者についてこの章は何も示していない

出典と再現

もの種別出典・道具
表 1・表 2・06 節と 07 節の数値・図 1〜4計算表は python3・NumPy(固有値、級数の和)。図はブラウザの JavaScript(本文の式と部分和)
弦の方程式と一般解既知J. le R. d'Alembert, “Recherches sur la courbe que forme une corde tenduë mise en vibration”, Hist. Acad. R. Sci. Belles-Lettres Berlin 3(1747 年分)pp. 214–219。書誌のみ(刊行年は未確認)
ブラウン橋・場が超関数になること既知S. Sheffield, “Gaussian free fields for mathematicians”, Probab. Theory Relat. Fields 139 (2007) 521–541, arXiv:math/0312099(§2.5 を確認)
量子ヤン–ミルズの隙間を支持する格子の数値物理5-08 の出典表に譲る。一例:C. J. Morningstar, M. Peardon, “The glueball spectrum from an anisotropic lattice study”, Phys. Rev. D 60 (1999) 034509, arXiv:hep-lat/9901004(書誌のみ)
Lüscher 項物理M. Lüscher, “Symmetry breaking aspects of the roughening transition in gauge theories”, Nucl. Phys. B180 (1981) 317–329(書誌のみ)。式の形は N. D. Hari Dass, “Effective String Theories (EST) of Yang-Mills Flux Tubes”, arXiv:2312.10629(書籍 Strings to Strings, Springer 2023 の第 22 章)の式 (1) で確認

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改訂 2026-10-01:初版。