computo ergo sum

2026-10-09 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 10 部 質量ギャップの証明へ向けて — 階段の一段目を組む入口・階段・五つの量 · Kiichi, Shiori and Rin

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道:四次元でだけ起きること
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道:イジング模型で見るギャップと相関長
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道:Donaldson とエキゾチック R⁴
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道:摂動級数は発散する
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道:Bakry–Émery と一リンク積分
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道:「1/0 に記号を与えれば」
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 第 9 部 現在地と課題
  97. 9-01 世界はどこまで来ているか
  98. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  99. 9-03 新しい概念の候補
  100. 9-04 課題の一覧
  101. 9-05 よくある誤解
  102. 第 10 部 質量ギャップの証明へ向けて — 階段の一段目を組む
  103. 10-00 入口 — 階段と、酔歩・物差し・時計
  104. 10-01 構成の筋と仮定 H
  105. 10-02 四次元格子で試した道と壁
  106. 10-03 階段の四段 — なぜ 0+1 次元から始めるか
  107. 10-04 二重井戸の経路の測度とキンク
  108. 10-05 一段目の言明 — 四条件と命題 4.5
  109. 10-06 (H1) 相の中の局所 Poincaré
  110. 10-07 (H2) の地図 — 七つの道筋と環の継ぎ目
  111. 10-08 計算機援用とは何か — 窓の中の鎖の条件
  112. 10-09 区画の枠組みと道筋 5 の三本の筋
  113. 10-10 迂回策の一覧 — 壊れ方の型
  114. 10-11 (H3)(H4) と芯の定数
  115. 10-12 統合表と依存グラフ
  116. 10-13 Lean の言明と機械検査の限界
  117. 10-14 突き合わせ — 記録の数と既知の数
  118. 10-15 残件と費用 — 定理までの距離
  119. 10-16 主張しないこと
  120. 10-17 ひらめきと小さな問い
  121. 第 11 部 今後の考察 — 仮定 H の先と、別の見方
  122. 11-00 今後の考察 — 入口
  123. 11-01 H を妨げる一つの形 — ほぼ保存される大域の量
  124. 11-02 物差しと座標を選び直す — 保存が壊れる長さ
  125. 11-03 区画の H と局所の H
  126. 11-04 片側の橋はどの H を要るか
  127. 11-05 時間を連続にする — Hamiltonian 格子と真空の測度
  128. 11-06 凸性の代わりに稀さで払う — 群の上の繰り込みと対数 Sobolev
  129. 11-07 四次元だからこそ — 無次元の結合と位相
  130. 11-08 問いと、主張しないこと
  131. 11-A1 第 11 部の記号の対応表
  132. 付録
  133. A-01 記号表
  134. A-02 用語集
  135. A-03 文献案内
  136. A-04 Lean と機械検査
  137. A-05 この本の作り方
  138. A-06 仮定の索引

第 10 部の入口 — 階段と、酔歩・物差し・時計

この章で分かること — 第 10 部は、仮定 H(揺らぎが均される時間は、相関長の二乗の冪で伸びる)を軸に置いて、質量ギャップへの道を検討する部です。仮定 H は、問題文の量(ユークリッドの時間の隙間)を、格子で計算でき機械検査の届く量(Langevin 力学の緩和の時間)に言い換えた一つの文です。この部では、その文を四段の階段に分けたときの一段目(0+1 次元の二重井戸の経路の測度)で、主張がどこまで組めているかを並べます。この章では、階段の絵と部の地図を見たあと、相関長 ξ\xi・Poincaré 定数 CPC_P などの量を、酔歩・物差し・時計の比喩で一つずつ立てます。

前提となる章 — 2-10(緩和の時間と動的指数)・4-11(質量ギャップの定義と相関長)・2-07(経路積分と虚時間)。

先に言うこと — この章は比喩で量を並べる入口で、何も証明しません。仮定 H は証明されていない仮定です。正確な定義は 10-01(四次元格子の側)と 10-04(二重井戸の側)に置きます。

この章の順序
  1. 部の地図 — 十八章の一覧と、札の読み方
  2. 階段の四段 — 二重井戸から極限の質量ギャップまで(図 1)
  3. 物差し — 相関長 ξ — 相関が何歩で消えるか
  4. にじむ時間 — Poincaré 定数 C_P — 長さ L を均すのに L² 歩(表 3)。寄り道:酔歩はなぜ二乗か
  5. 縮尺と時計 — 残りの三つの量 — 縮尺の回数・時計の目盛り・遅れる時計
  6. 仮定 H を一文で — にじむ時間 ≍ 物差し²。「ある f」と「すべての f」
  7. 第 10 部の歩き方 — 比喩がどの章で正確な文になるか

01

部の地図 — 十八章の一覧と、札の読み方

この部は、仮定 H(揺らぎが均される時間は相関長の二乗の冪で伸びる)を軸に置いた検討です。H は質量ギャップそのものではなく、それを格子で測れる力学の量に言い換えた文で(10-01 §05)、この部はその文を、四段の階段の一段目——0+1 次元の二重井戸の経路の測度——で組み立てます。一段目の主張を四つの条件に割り、条件ごとに、証明を置いた行・原典を引く行・計算機援用の行・数値の読みの行・仮定の行を一つの表に並べます。

第 10 部の十八章
  1. 10-00 入口 — 階段と、酔歩・物差し・時計 〔二〕(この章)
  2. 10-01 構成の筋と仮定 H 〔二〕〜〔三〕
  3. 10-02 四次元格子で試した道と壁 〔三〕
  4. 10-03 階段の四段 — なぜ 0+1 次元から始めるか 〔二〕
  5. 10-04 二重井戸の経路の測度とキンク 〔二〕〜〔三〕
  6. 10-05 一段目の言明 — 四条件と命題 4.5 〔三〕
  7. 10-06 (H1) 相の中の局所 Poincaré 〔研〕
  8. 10-07 (H2) の地図 — 七つの道筋と環の継ぎ目 〔三〕
  9. 10-08 計算機援用とは何か — 窓の中の鎖の条件 〔二〕〜〔三〕
  10. 10-09 区画の枠組みと道筋 5 の三本の筋 〔研〕
  11. 10-10 迂回策の一覧 — 壊れ方の型 〔三〕〜〔研〕
  12. 10-11 (H3)(H4) と芯の定数 〔研〕
  13. 10-12 統合表と依存グラフ 〔三〕
  14. 10-13 Lean の言明と機械検査の限界 〔二〕〜〔三〕
  15. 10-14 突き合わせ — 記録の数と既知の数 〔三〕
  16. 10-15 残件と費用 — 定理までの距離 〔三〕
  17. 10-16 主張しないこと 〔二〕
  18. 10-17 ひらめきと小さな問い 〔二〕〜〔三〕

章の順は、なぜこの仮定か(10-00〜10-02)、一段目の言明(10-03〜10-05)、四つの条件(10-06〜10-11)、全体の表(10-12・10-13)、突き合わせと残り(10-14〜10-17)です。印〔二〕〔三〕〔研〕は読者の水準で、〔二〕は 2 年生、〔三〕は 3 年生以上(測度・作用素・Poincaré 不等式を使う)、〔研〕は研究の水準です。この章は〔二〕です。仮定 H とは別の視点や、H を前提にした新しい見方は 第 11 部 今後の考察 に置きます。

この部の札

この部では、主張の強さを五つの札で分けます(0-01 §03 の札を、この部の材料に合わせて細かくしたものです)。札は一つの文に一つで、二つ要る文は分けて書きます。

表 1 この部の五つの札(Lean は札の外の欄)
札意味保証しないこと
初初等。証明を本文か章末に置く誤りが無いこと(読者が確かめられる形で置く)
典既知の定理を原典(または言明を確かめた二次資料)から引くこの本の成果であること
機計算機援用。区間演算で、不等式として確かめた(丸めの規約などの前提を同じ行に書く)計算した範囲の外で成り立つこと
読読み。浮動小数の数値・Monte Carlo・当てはめ。種類(点の値・族の下界など)を添える上界や下界の証明であること
仮仮定。証明を持たずに置く行。名前を付ける成り立つこと

Lean は五つの札とは別の欄です。Lean の定理は「仮定から結論への代数」を機械で検査したもので、定理名と、その定理の仮定を同じ行に書きます。仮定が正しいかどうかは検査の外です(10-13)。

02

階段の四段 — 二重井戸から極限の質量ギャップまで

仮定 H は「ある測度の族で、揺らぎの均される時間が相関長の二乗の冪で伸びる」という文で、次元によらずに述べられます。そこで、同じ形の文を易しい場所から難しい場所へ四段に並べます。

図 1 階段の四段。この部が扱うのは一段目の中で、二段目から上への矢印は「同じ形の文」を表し、含意の定理ではない
一段目 0+1 次元の二重井戸 経路の測度で、冪の H の上の側を組む 二段目 四次元格子・非可換 Wilson 測度で、同じ形の文 三段目 連続極限 極限の測度と OS 公理 四段目 極限での質量ギャップ 再構成した理論の隙間が正

図 1 を文字で書くと次のとおりです。下から順に、一段目=0+1 次元の二重井戸(量子力学の模型の虚時間の経路の測度)、二段目=四次元格子の非可換ゲージ理論(Wilson 測度)、三段目=格子間隔を 0 にした連続極限と、その極限が Osterwalder–Schrader の公理を満たすこと、四段目=極限の理論の質量ギャップです。

表 2 四段の対象と、各段で「閉じた」と言えること
段対象閉じたと言える形この本の状態
一段目0+1 次元の二重井戸の経路の測度(径数 ℏ\hbar)冪の H の上の側(CPC_P の上界)を、有限個の仮定の行の表つきで示す四つの条件 (H1)〜(H4) に割り、その上の代数(命題 4.5)まで。条件はどれも 仮 の行を残す
二段目四次元格子の Wilson 測度(径数 β\beta)同じ形の文を β→∞\beta\to\infty で仮定 H は仮定のまま。下からの評価だけ(10-02)
三段目格子間隔 a→0a\to0 の極限の測度極限が在り、OS 公理を満たす扱わない(既知の到達点は 6-07・6-10)
四段目再構成した場の量子論ハミルトニアンの隙間が正(4-11)扱わない

一段目を閉じても、二段目以後に持ち上がる保証はありません。持ち上がる見込みがあるのは「文の形」と「道具の形」で、定数や径数の範囲は持ち上がりません。理由は 10-03 §06 で両側から述べます。

03

物差し — 相関長 ξ

揺らぎは、近い場所どうしで似ていて、離れると無関係になります。どれだけ離れると無関係になるかの長さが相関長 ξ\xi です。比喩で言えば、測度が持っている一本の物差しです。

式では、二点の相関(平均を引いた積の期待値)が距離 rr とともに指数で減り、その減り方の長さが ξ\xi です。

⟨O(0) O(r)⟩−⟨O⟩2 ≈ C e−r/ξ,ξ=1m(1)\langle O(0)\,O(r)\rangle-\langle O\rangle^2\ \approx\ C\,e^{-r/\xi},\qquad \xi=\frac1m \tag{1}

mm は転送行列(または転送作用素)の隙間、つまり最も低い固有値と次の固有値の差で、rr は虚時間の向きの距離です。相関の減り方と隙間が同じ量であることは 4-11 §02、相関長としての言い直しは 4-11 §07 にあります 典。

例 1(自由場)。一次元の格子の自由場(隣どうしをばねで結んだガウスの鎖、質量 m0m_0)では、相関がちょうど e−r/ξe^{-r/\xi} で減り、m02=2(cosh⁡(1/ξ)−1)m_0^2=2(\cosh(1/\xi)-1) で ξ\xi が決まります。m0=1m_0=1 で ξ≈1.04\xi\approx1.04、m0=0.1m_0=0.1 で ξ≈10.0\xi\approx10.0 です(8-03 §05)。

例 2(二重井戸)。量子力学の二重井戸(2-05 §07)では、隙間は二つの谷の間のすり抜けで決まるトンネル分裂 Δ\Delta で、山が高いほど指数で小さくなります。虚時間の経路で見ると、相関長は ξ=ℏ/Δ\xi=\hbar/\Delta で、ℏ\hbar を小さくすると eS0/ℏe^{S_0/\hbar} の速さで伸びます(S0S_0 は谷から谷へ移る道の作用)。物差しが指数で伸びる、というこの性質が、一段目の模型を選ぶ理由の一つです(10-03 §04・10-04 §03)。

格子の上で測れる ξ\xi は、格子の一目盛りを単位にした数です(5-09 §01)。物理の長さは ξ\xi に格子間隔 aa を掛けた aξa\xi で、連続極限では a→0a\to0 のまま aξa\xi が有限に残らなければなりません。つまり格子単位の ξ\xi は無限大へ伸びる必要があります(5-09 §05)。二重井戸の ℏ→0\hbar\to0 は、この「物差しが目盛りに比べて無限に長くなる」体制の最小の見本です。

04

にじむ時間 — Poincaré 定数 C_P

紙の上に一滴のインクを落とすと、インクは少しずつにじんで広がり、最後は一様に薄くなります。にじみの正体は、インクの粒の酔歩です。各粒は毎刻み左右どちらかにでたらめに一歩動きます。tt 歩のあとの粒の広がり(二乗平均の距離)は t\sqrt t で、長さ LL の帯を一様にするには L2L^2 程度の歩数がかかります。

この「均し終わるまでの最も長い時間」を、揺らぎについて一般に定めたものが Poincaré 定数 CPC_P です。比喩で言えば、測度が持っている一個の時計の読み、にじむ時間です。

式で書きます。確率の測度 μ\mu と、関数 ff の「場所による変化の大きさ」E(f)\mathcal E(f)(Dirichlet 形)があるとき、

Var⁡μ(f) ≤ CP E(f)(すべての f),CP=sup⁡fVar⁡μ(f)E(f)(2)\operatorname{Var}_\mu(f)\ \le\ C_P\,\mathcal E(f)\quad(\text{すべての } f),\qquad C_P=\sup_f\frac{\operatorname{Var}_\mu(f)}{\mathcal E(f)} \tag{2}

の最良の定数が CPC_P です(1-10 §07)。分散が大きいのに変化が小さい関数、つまり「大きくゆっくり変わる揺らぎ」があると CPC_P は大きくなります。μ\mu を平衡に持つ拡散の力学(Langevin 力学)では、1/CP1/C_P がその力学の隙間で、最も遅い揺らぎは時間 CPC_P ごとに 1/e1/e に減ります 典。

例:一本道の酔歩

升が LL 個並んだ一本道(両端で跳ね返る)を考えます。μ\mu は一様分布、E(f)=1L∑i(fi+1−fi)2\mathcal E(f)=\frac1L\sum_{i}(f_{i+1}-f_i)^2 です。このとき (2) の CPC_P は道のラプラス行列の 0 の次の固有値の逆数で、閉じた形に書けます。

CP(L)=12 (1−cos⁡(π/L)) ≈ L2π2(L→∞)(3)C_P(L)=\frac{1}{2\,(1-\cos(\pi/L))}\ \approx\ \frac{L^2}{\pi^2}\qquad(L\to\infty) \tag{3}

初 証明:fi=cos⁡(π(i−12)/L)f_i=\cos(\pi(i-\tfrac12)/L)(i=1,…,Li=1,\dots,L)は、両端で跳ね返る道のラプラス行列の固有ベクトルで、固有値は 2(1−cos⁡(π/L))2(1-\cos(\pi/L)) です(隣の二項の和に cos⁡(A+B)+cos⁡(A−B)=2cos⁡Acos⁡B\cos(A+B)+\cos(A-B)=2\cos A\cos B を使い、両端では f0=f1f_0=f_1・fL+1=fLf_{L+1}=f_L となる鏡の条件が成り立つことを確かめる)。他の固有ベクトルは cos⁡(πk(i−12)/L)\cos(\pi k(i-\tfrac12)/L)(k=0,…,L−1k=0,\dots,L-1)で、固有値は kk とともに増えます。μ\mu が一様なので Var⁡\operatorname{Var} と E\mathcal E は同じ 1/L1/L で割られ、比の上限は 0 の次の固有値の逆数です。∎

初表 3 一本道の酔歩の CPC_P(閉じた式 (3) の値)。CP/L2C_P/L^2 は 1/π2≈0.101321/\pi^2\approx0.10132 に寄っていく
LL隙間 2(1−cos⁡(π/L))2(1-\cos(\pi/L))CPC_PCP/L2C_P/L^2
160.038429426.020.10165
320.00963055103.80.10140
640.00240909415.10.10134
2560.00015059666400.10132

LL を倍にすると、均し終わるまでの時間は 4 倍になります。

この部で使う CPC_P は、この一本道を「経路全体の配位の空間」に置き換えたものです。二重井戸では、虚時間の経路 x(τ)x(\tau) の全体の上の測度 e−S/ℏe^{-S/\hbar} が μ\mu、E\mathcal E は経路を少し動かしたときの変化の二乗の期待値で、Langevin 力学は「人工的な時間」ss に沿って経路全体を拡散させます(10-04 §01)。四次元格子では μ\mu が Wilson 測度、動かすのはリンクの角度です(10-01・6-09)。

自由場では、いちばん遅い揺らぎは経路全体を一様にずらす向きで、その速さが質量の二乗 m02m_0^2 です。だから CP=1/m02C_P=1/m_0^2 で、例 1 の m02=2(cosh⁡(1/ξ)−1)m_0^2=2(\cosh(1/\xi)-1) から CP/ξ2C_P/\xi^2 は ξ=1,4,16,256\xi=1,4,16,256 で 0.921・0.995・0.9997・0.999999 と 1 に寄ります 初(閉じた式の値)。にじむ時間が物差しの二乗、というのが自由場の答えです。

正確には、ここで言う CPC_P は「時空(0+1 次元なら虚時間)の全体の配位の分布(経路の測度)」の Poincaré 定数です。一つの時刻の分布(基底状態の ∣ψ0∣2|\psi_0|^2)の Poincaré 定数は別の量で、そちらはハミルトニアンの隙間と結び付きます。三つの CPC_P の区別は 10-01 に置きます。CPC_P が ξ\xi の何乗で伸びるかの冪 zz(動的指数)が 2 からずれる既知の例は 2-10 にあります。

寄り道:酔歩はなぜ二乗か

寄り道

飛ばしてよい小節です。一歩 ±1\pm1 を独立に tt 回足した位置 XtX_t は、平均 0 で、分散は一歩の分散 1 の tt 倍です。独立なものの和では分散が足し算になるからです(1-08)。

E[Xt2]=∑i=1tE[εi2]+∑i≠jE[εi] E[εj]=t(4)\mathbb E[X_t^2]=\sum_{i=1}^{t}\mathbb E[\varepsilon_i^2]+\sum_{i\ne j}\mathbb E[\varepsilon_i]\,\mathbb E[\varepsilon_j]=t \tag{4}

広がりは t\sqrt t なので、距離 LL に届くには t≈L2t\approx L^2 です。波は一刻みで一歩進みますが、酔歩は行きつ戻りつするので、遠くへ届くのが二乗で遅れます。仮定 H の「二乗」は、この酔歩の二乗です。

05

縮尺と時計 — 残りの三つの量

物差し ξ\xi とにじむ時間 CPC_P のほかに、四次元格子の記録で使ってきた量が三つあります。一段目(二重井戸)では主役になりませんが、仮定 H を「冪の文」に置く理由がここにあるので、比喩だけを並べます。

① 物差し相関長 ξ\xi隙間 mm の逆数(§03)
② にじむ時間Poincaré 定数 CPC_P長さ LL を均すのに L2L^2 歩(§04)
③ 縮尺の回数記帳の長さ ξRG\xi_{\rm RG}地図を粗くする段の数
④ 時計の目盛りE\mathcal E の正規化同じ揺らぎを何の単位で測るか
⑤ 遅れる時計確率時間の繰り込み時計そのものが尺度で伸びる

③ 縮尺の回数。四次元の格子ヤン–ミルズで ξ\xi を結合 β\beta の関数として式で求める手はありません。そこで地図の縮尺を一段ずつ粗くし、何回で決まった粗さの絵に着くかを数える長さ ξRG\xi_{\rm RG} を別に作ります。一ループの勘定では β\beta を少し上げるだけで ξRG\xi_{\rm RG} は指数で伸びます(4-07)。ξRG\xi_{\rm RG} と ξ\xi が定数倍で揃うことは仮定です。定義と表は 10-01 と 10-02 に移しました。

④ 時計の目盛り。(2) の CPC_P は、E\mathcal E をどの単位で測るかで値が変わります。E\mathcal E を cc 倍すると CPC_P は 1/c1/c 倍です。二重井戸でも同じことが起きます。経路を正準の場 x/ℏx/\sqrt\hbar で測る E\mathcal E と、位置 xx のまま測る Ex=E/ℏ\mathcal E_x=\mathcal E/\hbar では、CP(x)=ℏ CPC_P^{(x)}=\hbar\,C_P です 初 LeanratioR_x_normalisation(仮定なし。CP(x)=ℏCPC_P^{(x)}=\hbar C_P なら比も ℏ\hbar 倍)。目盛りの違いは「定数倍の幅」には映りますが、ℏ\hbar の冪の因子は ln⁡ξ\ln\xi に比べて小さいので「冪」には映りません。

⑤ 遅れる時計。Langevin の時間そのものが、尺度を変えると伸び縮みします。確率量子化の摂動論では、確率時間の目盛りも繰り込む必要があります(6-09)典(摂動論の水準)。四次元格子での影響は β\beta の端数の冪の因子で、これも冪には映りません。四つの時計の比べ方は 10-01 の寄り道に置きます。

正確には、③〜⑤ は「定数倍の幅」で言う文(帯の文)を動かし、「冪」で言う文を動かしません。だからこの部の仮定 H は冪の文です。

06

仮定 H を一文で — にじむ時間 ≍ 物差し²

量がそろったので、仮定 H を比喩で一文にします。「にじむ時間は、物差しの二乗と同じ冪で伸びる」。測度の族が一つの径数で並び、径数を動かすと物差しが無限に伸びるとき、

H:ln⁡CPln⁡ξ ⟶ 2(ξ→∞)(5)\text{H}:\quad \frac{\ln C_P}{\ln\xi}\ \longrightarrow\ 2\qquad(\xi\to\infty) \tag{5}

です。四次元格子では径数は β\beta で β→∞\beta\to\infty、二重井戸では径数は ℏ\hbar で ℏ→0\hbar\to0 です。自由場では §04 のとおり CP/ξ2→1C_P/\xi^2\to1 で成り立ちます。相互作用のある四次元格子で成り立つかが問いで、それより易しい二重井戸で上の側を組むのが一段目です。

二重井戸では、(5) より強い「定数倍の幅」の文(CP≤Kξ2C_P\le K\xi^2)は破れる側にあると読まれています。経路の CPC_P の下界が ξ2\xi^2 の 1 倍から 6.5 倍へ、ℏ\hbar を下げるとともに伸びるからです 読(族の下界・刻み ε=0.25\varepsilon=0.25・ℏ∈[0.07,0.4]\hbar\in[0.07,0.4]、10-04 §04)。伸び方は、キンクを数える物理の水準の勘定では S0/ℏ≈ln⁡ξS_0/\hbar\approx\ln\xi の一次です(この範囲の数値だけでは、指数の伸びと区別できません)。一次なら冪の文 (5) は保たれます。だから一段目の目標は帯の文でなく、冪の文の上の側 CP≤Kξ2S0/ℏC_P\le K\xi^2S_0/\hbar です(10-03 §05)。

「ある f」と「すべての f」

(2) の CPC_P は上限なので、下から押さえるのと上から押さえるのとでは難しさが違います。下から押さえる(CPC_P が大きい)には、Var⁡(f)/E(f)\operatorname{Var}(f)/\mathcal E(f) が大きい試験関数を一つ見せれば足ります。上から押さえる(CPC_P が大きすぎない)には、すべての ff について不等式を示す必要があります。

CP≥c ξ2  ⟺  ∃f: Var⁡(f)E(f)≥c ξ2,CP≤C ξ2  ⟺  ∀f: Var⁡(f)E(f)≤C ξ2(6)C_P\ge c\,\xi^2\iff\exists f:\ \frac{\operatorname{Var}(f)}{\mathcal E(f)}\ge c\,\xi^2,\qquad C_P\le C\,\xi^2\iff\forall f:\ \frac{\operatorname{Var}(f)}{\mathcal E(f)}\le C\,\xi^2 \tag{6}

比喩で言えば、にじみが遅いことは一つのしみを見せれば言えますが、遅すぎないことはあらゆるしみについて言わなければなりません。質量ギャップの側にあるのは上の側(CPC_P が大きすぎない)で、試験関数や数値で届くのは下の側だけです。上の側を質量の下界に読み替える代数と、上下の半分 H↑・H↓ の定義は 10-01 に置きます。

正確には、二重井戸の下界 CP≥ξ2C_P\ge\xi^2 は、時刻に局所な試験関数(一つの時刻の関数を時間で足したもの)の族で等号まで届く、という形の命題です(10-04 §04 の命題 L)。上の側には、一段目でも条件つきの命題しかありません。

07

第 10 部の歩き方 — 比喩がどの章で正確な文になるか

この章の比喩は、第 10 部のどこかで一度ずつ正確な文に置き換わります。表 4 は比喩・記号・正確にする章の対応です。

表 4 比喩と正確な文の対応
比喩記号正確な定義・文状態
階段四段10-03この部の組み立て方の約束
物差しξ=1/m\xi=1/m(二重井戸は ξ=ℏ/Δ\xi=\hbar/\Delta)4-11 §07・10-04 §02典 定義
にじむ時間CPC_P(経路の測度)10-01・10-04 §01典 定義。四次元格子での値は不明
縮尺の回数ξRG\xi_{\rm RG}10-01・10-02約束(ξ\xi と揃うことは 仮)
時計の目盛り・遅れる時計E\mathcal E の正規化・確率時間10-01約束・摂動論の水準
にじむ時間 ≍ 物差し²仮定 H(冪の文)10-01・10-03 §05仮
一段目の上の側CP≤Kξ2S0/ℏC_P\le K\xi^2S_0/\hbar(命題 4.5)10-05四条件の上の代数。条件は 仮 の行を残す

筋を先に追うなら 10-03 → 10-04 → 10-05 → 10-12(統合表)→ 10-15(定理までの距離)、四次元格子との関係を先に見るなら 10-01 → 10-02、主張しないことを先に見るなら 10-16 が近道です。Lean の言明と仮定は 10-13、Lean の読み方は Lean の案内 にあります。


この章が言えている範囲

言えている言えていない
典 相関長と隙間が同じ量であること((1))、Poincaré 定数の定義と、拡散の力学の隙間がその逆数であること((2))四次元の格子ヤン–ミルズで ξ\xi が β→∞\beta\to\infty で発散すること、CPC_P の値
初 一本道の酔歩の CPC_P の閉じた形 (3)、一次元の自由場で CP/ξ2→1C_P/\xi^2\to1、酔歩の二乗平均の距離 =t=t((4))相互作用のある模型で同じ比が冪で揃うこと(仮定 H)
初 正規化を ℏ\hbar 倍すると CPC_P も ℏ\hbar 倍になること(④)LeanratioR_x_normalisation四次元格子の記帳の長さ ξRG\xi_{\rm RG} と相関長 ξ\xi が定数倍で揃うこと
読 二重井戸の経路の CPC_P の下界が ξ2\xi^2 の 1 倍から 6.5 倍へ伸びること(族の下界・ε=0.25\varepsilon=0.25・ℏ∈[0.07,0.4]\hbar\in[0.07,0.4])二重井戸の CPC_P の上界。一段目の上の側は四条件の上の条件つき(10-05)
階段の四段という組み立て方(約束)一段目から二段目以後への含意。四段目(極限での質量ギャップ)について、この章は何も示さない

出典と再現

もの種別出典・道具
相関長と隙間・虚時間の相関典4-11 の出典表。
Poincaré 定数・拡散の隙間典1-10 の出典表。
一本道の酔歩の CPC_P((3)・表 3)初本文 §04 の証明。表の値は (3) の閉じた式の値。
二重井戸のトンネル分裂と S0S_0典2-05 §07 の (9)(10) と出典表。
経路の CPC_P の下界の読み(§06)読10-04 §04 と、その出典表。
正規化の読み替え(④)初・Lean定理 ratioR_x_normalisation(仮定なし)。言明は 10-13。
記帳の長さ・確率時間の繰り込み約束・典(摂動論)4-06・4-07・6-09 の出典表。詳しい式は 10-01。
図 1(階段)約束この部の組み立て方を描いた模式図。

この章で使った語 — 相関長・Poincaré 定数・Dirichlet 形・経路の測度・階段(四段)・仮定 H(冪の文)・五つの札(初・典・機・読・仮)・トンネル分裂。意味は A-02 用語集 にあります。

次に読む章:10-01 構成の筋と仮定 H — 問題を八つの言明に割り、仮定 H と上下の半分を定義する。一段目へ直接進むなら 10-03 階段の四段。

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改訂 2026-10-09:第 10 部の章立ての見直しに合わせて書き直した版。