computo ergo sum

2026-10-15 · chapter ヤン–ミルズと質量ギャップ第 12 部 二本目の道駆動した挿入・Crooks と Jarzynski・流れの補題 · Kiichi, Shiori and Rin

この本の全体 目次と読む順
  1. 第 0 部 入口 — この本の読み方
  2. 0-01 この本の読み方
  3. 0-02 一枚の絵
  4. 0-03 問題文を一語ずつ読む
  5. 0-04 数学の四次元と物理の四次元
  6. 第 1 部 数学の準備
  7. 1-01 ベクトル空間と線形写像
  8. 1-02 群とは何か
  9. 1-03 リー群とリー環
  10. 1-04 SU(2) と SU(3)
  11. 1-05 多様体と接空間
  12. 1-06 微分形式と外微分
  13. 1-07 ベクトル束と接続
  14. 1-08 確率と測度
  15. 1-09 無限次元の確率
  16. 1-10 ヒルベルト空間と自己共役作用素
  17. 1-11 フーリエ解析と分布
  18. 1-12 寄り道:四次元でだけ起きること
  19. 第 2 部 物理の準備
  20. 2-01 ラグランジアンと作用
  21. 2-02 場という考え
  22. 2-03 電磁気学はゲージ理論である
  23. 2-04 特殊相対論と時空
  24. 2-05 量子力学の骨
  25. 2-06 調和振動子と生成消滅
  26. 2-07 経路積分の考え方
  27. 2-08 統計力学と相転移
  28. 2-09 寄り道:イジング模型で見るギャップと相関長
  29. 2-10 緩和の時間と動的指数 z
  30. 第 3 部 ヤン–ミルズ理論(古典)
  31. 3-01 ゲージ原理
  32. 3-02 非可換ゲージ場
  33. 3-03 作用と方程式
  34. 3-04 幾何としてのゲージ理論
  35. 3-05 インスタントンと位相
  36. 3-06 寄り道:Donaldson とエキゾチック R⁴
  37. 3-07 標準模型の中のヤン–ミルズ
  38. 第 4 部 量子化
  39. 4-01 正準量子化とハミルトニアン
  40. 4-02 経路積分とユークリッド化
  41. 4-03 摂動論と Feynman ダイアグラム
  42. 4-04 発散と繰り込み
  43. 4-05 発散の代数
  44. 4-06 漸近自由
  45. 4-07 次元転移と Λ
  46. 4-08 ゲージ固定と Faddeev–Popov
  47. 4-09 場の量子論の公理
  48. 4-10 Osterwalder–Schrader の公理と再構成
  49. 4-11 質量ギャップの定義
  50. 4-12 寄り道:摂動級数は発散する
  51. 第 5 部 格子ゲージ理論
  52. 5-01 Wilson の格子
  53. 5-02 強結合展開
  54. 5-03 反射正値性と転送行列
  55. 5-04 無限体積極限とクラスター展開
  56. 5-05 弱結合と連続極限
  57. 5-06 U(1) と非可換の違い
  58. 5-07 モンテカルロ法
  59. 5-08 グルーボールと弦張力の測定
  60. 5-09 何を固定して極限を取るか
  61. 5-10 有限群の格子ゲージ理論
  62. 5-11 寄り道:Bakry–Émery と一リンク積分
  63. 第 6 部 構成的場の理論
  64. 6-01 構成的場の理論とは
  65. 6-02 二次元の可解性とヤン–ミルズ測度
  66. 6-03 スカラー場の構成
  67. 6-04 クラスター展開
  68. 6-05 繰り込み群の段の列
  69. 6-06 三次元ヤン–ミルズの紫外安定性
  70. 6-07 四次元
  71. 6-08 四次元の φ⁴ の自明性
  72. 6-09 確率量子化と正則性構造
  73. 6-10 四次元で止まる場所
  74. 6-11 発散以外の障害
  75. 6-12 寄り道:「1/0 に記号を与えれば」
  76. 第 7 部 物理の側から
  77. 7-01 物理はどう見ているか
  78. 7-02 閉じ込めの機構
  79. 7-03 弦の絵
  80. 7-04 大 N
  81. 7-05 ひも理論と余剰次元
  82. 7-06 余剰次元が見えなくなる仕組み
  83. 7-07 ゲージ場はどこから来るか
  84. 7-08 ホログラフィー
  85. 7-09 質量ギャップが幾何になる
  86. 7-10 四次元に戻す
  87. 7-11 超対称と Seiberg–Witten
  88. 7-12 等価原理に当たる一文
  89. 7-13 物理の掘り方が数学と離れる場所
  90. 第 8 部 二つの言葉の辞書 — 物理の視点と数学の視点
  91. 8-01 辞書の読み方
  92. 8-02 辞書 A
  93. 8-03 辞書 B
  94. 8-04 辞書 C
  95. 8-05 私たちの仮定の物理側の対応
  96. 地図
  97. 第 9 部 現在地と課題
  98. 9-01 世界はどこまで来ているか
  99. 9-02 二つの掘り方の切れ目
  100. 9-03 新しい概念の候補
  101. 9-04 課題の一覧
  102. 9-05 よくある誤解
  103. 9-06 証明が含むべき段 — 七段の表
  104. 一本目の道 — 時間の方向から
  105. 第 10 部 一本目の道(前半)— 時間の方向から:質量ギャップと拡散型緩和時間の仮定
  106. 10-00 入口 — 階段と、酔歩・物差し・時計
  107. 10-01 構成の筋と仮定 ξ²
  108. 10-02 四次元格子で試した道と壁
  109. 10-03 階段の四段 — なぜ 0+1 次元から始めるか
  110. 10-04 二重井戸の経路の測度とキンク
  111. 10-05 一段目の言明 — 四条件と命題 4.5
  112. 10-06 (H1) 相の中の局所 Poincaré
  113. 10-07 (H2) の地図 — 七つの道筋と環の継ぎ目
  114. 10-08 計算機援用とは何か — 窓の中の鎖の条件
  115. 10-09 区画の枠組みと道筋 5 の三本の筋
  116. 10-10 迂回策の一覧 — 壊れ方の型
  117. 10-11 (H3)(H4) と芯の定数
  118. 10-12 統合表と依存グラフ
  119. 10-13 Lean の言明と機械検査の限界
  120. 10-14 突き合わせ — 記録の数と既知の数
  121. 10-15 残件と費用 — 定理までの距離
  122. 10-16 主張しないこと
  123. 10-17 ひらめきと小さな問い
  124. 第 11 部 一本目の道(後半)— 仮定の形を直し、時間を連続にする
  125. 11-00 今後の考察 — 入口
  126. 11-01 仮定 ξ² を妨げる一つの形 — ほぼ保存される大域の量
  127. 11-02 物差しと座標を選び直す — 保存が壊れる長さ
  128. 11-03 仮定 ξ² を直す二つの形 — 区画の仮定 ξ² と局所の仮定 ξ²
  129. 11-04 片側の橋はどの仮定 ξ² を要るか
  130. 11-05 時間を連続にする — Hamiltonian 格子と真空の測度
  131. 11-06 凸性の代わりに稀さで払う — 群の上の繰り込みと対数 Sobolev
  132. 11-07 四次元だからこそ — 無次元の結合と位相
  133. 11-08 問いと、主張しないこと
  134. 11-A1 第 11 部の記号の対応表
  135. 二本目の道 — 空間の方向から
  136. 第 12 部 二本目の道:空間の方向から — 小さな捩れた T² と閉じ込め
  137. 12-00 入口 — 時間でなく空間を
  138. 12-01 捩れた T² と 't Hooft の流束
  139. 12-02 渦と分数インスタントン
  140. 12-03 容器 — 枠を条件づけると独立になる
  141. 12-04 板の閉じ込め
  142. 12-05 渦の挿入の恒等式
  143. 12-06 力学で駆動した挿入と流れの補題
  144. 12-07 なぜ決まった写像は失敗するか
  145. 12-08 測った記録
  146. 12-09 この道が止まる場所 — T² を広げることが帯である
  147. 移り変わりの帯 — 二本の道が同じ壁に着く
  148. 第 13 部 移り変わりの帯 — 二本の道が同じ壁に着く
  149. 13-00 入口 — 合流
  150. 13-01 帯の正しい形
  151. 13-02 一つの不等式への還元
  152. 13-03 非可換が効く唯一の場所
  153. 13-04 構造だけでは渡れない
  154. 13-05 チェス盤と同時の反転
  155. 13-06 繰り込みの比較 — 群を区別する比較
  156. 13-07 時間の側から見た帯
  157. 13-08 試して止まった道の地図
  158. 13-09 測った記録
  159. 13-10 新しい見方の候補
  160. 13-11 紫外の制御 — 無限個の段で閉じるとは何か
  161. 閉じる
  162. 第 14 部 閉じる — 条件つきの言明
  163. 14-00 入口 — この部の約束
  164. 14-01 条件つきの言明 — 質量ギャップと閉じ込めを矢印ごとに
  165. 14-02 条件の台帳
  166. 14-03 問いの表(横断の索引)
  167. 14-04 主張しないこと(横断の索引)
  168. 付録
  169. A-01 記号表
  170. A-02 用語集
  171. A-03 文献案内
  172. A-04 Lean と機械検査
  173. A-05 この本の作り方
  174. A-06 仮定の索引
  175. A-07 この本から出た論文

力学で駆動した挿入と流れの補題

この章で分かること — 12-05 では、渦を一度に挿入する写像 τ\tau から E[H]=E[Htanh⁡(ΔS/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\tanh(\Delta S/2)] を出しました。挿入の費用 ΔS\Delta S は細い渦では面積に比例して大きく、評価はほとんど役に立ちません。この章では、挿入を一度に行う代わりに、渦の面の結合を少しずつ反転させながら容器の中だけを熱浴で更新する「駆動した挿入」を考え、(1) 経路の空間の上で時間反転と区画の反転を合わせたものが対合になり、重みの比が e−We^{-W}(WW は経路に沿った仕事)になること(Crooks の関係)、(2) そこから E[H]=E[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\tanh(W/2)](駆動した恒等式)と Jarzynski の等式が出ること、(3) 区画を反転させる定常な核の一歩の反転の確率 aa について θ≤1−a\theta\le1-a(流れの補題)と、反転の確率 ≤1−θ2\le1-\theta^2、(4) 容器を同時に動かすと E∏θ≤P(どれも反転しない)\mathbb E\prod\theta\le\mathbb P(\text{どれも反転しない})、を示します。最後に、この保証が一段の核では θ0∼12\theta_0\sim\tfrac12 までしか届かず、移り変わりの帯(13-01)の試験には使えないことを書きます。

前提となる章 — 12-03(容器・枠・区画の偏り θ\theta・容器の恒等式)・12-05(恒等式 3・補題 4・定理 5)・13-01(帯の正しい形 ln⁡(1/θ(L,L))≥cL2\ln(1/\theta(L,L))\ge cL^2)。第 2 部の 2-08(Gibbs 測度・自由エネルギー)と、第 5 部の 5-07(熱浴・詳細つり合い)。

先に言うこと — 定理は全て「有限の配位空間・正の重み・容器の中だけを動かす核」の上の文で、各行にその条件を書きます。連続の SU(2)SU(2) の配位空間への移し方は 12-05 §02 と同じ(和を Haar 測度の積分に置き換える)で、Lean の外です。Crooks の関係と Jarzynski の等式は非平衡の統計力学で知られた結果で、ここでは格子の区画の和のアンサンブルに当てはめるために証明を書き下します。この章のどの不等式からも、閉じ込めは出ません。

この章の順序
  1. 要約〔三〕 — 渦をゆっくり入れる
  2. 設定 — 駆動の手続きと経路の空間
  3. Crooks の対合と駆動した恒等式 — 補題 1・定理 2・系 3・系 4・定理 5
  4. 二つの極限 — 一度に入れる・準静的に入れる
  5. 切った測度の公式 — 命題 6
  6. 反転の確率の補題と流れの補題 — 定理 7・系 8・定理 9
  7. 同時の反転と、この保証の限界 — 定理 10・表 1
  8. 言えないこと
  9. 五分類の表と依存グラフ — 表 2

01

要約〔三〕 — 渦をゆっくり入れる

  1. 12-05 の挿入は、渦の面の上の結合の符号を一度に反転させる操作でした。そのときの費用 ΔS\Delta S は、細い渦の面では面の上のプラケットの数(T2T^2 の面積 NT2N_T^2)に比例し、評価の因子 tanh⁡(ΔS/2)\tanh(\Delta S/2) はほとんど 1 です。
  2. そこで、結合を mm 段に分けて少しずつ反転させ、各段で容器の中だけを熱浴で更新します。周りの揺らぎが新しい結合に合わせて緩むので、払う仕事 WW は下がります。
  3. 経路の空間で「時間を逆にたどり、区画を反転する」写像は対合で、重みの比は e−We^{-W} です(Crooks の関係)典。12-05 の恒等式 3 をこの対合に当てると E[H]=E[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\tanh(W/2)] が出ます 初。
  4. 同じ関係から、手続きの段数 mm に依らず E[e−W ∣ 枠]=Z−/Z+\mathbb E[e^{-W}\,|\,\text{枠}]=Z_-/Z_+(Jarzynski の等式)典。段数 0 では W=ΔSW=\Delta S で 12-05 に戻ります。
  5. 区画を反転させる任意の定常な核について、一歩で区画が反転する確率 aa は 1−θ1-\theta 以下です。言い換えると θ≤1−a\theta\le1-a(流れの補題)初。より弱い形 a≤1−θ2a\le1-\theta^2 もあります 初。
  6. 枠を固定すると容器は独立なので、全ての容器で同時に核を走らせると E∏tθt≤P(どの容器も反転しない)\mathbb E\prod_t\theta_t\le\mathbb P(\text{どの容器も反転しない}) です 初。右辺はモンテカルロで測れる量で、Wilson ループの上界を正しい向きに推定できます。
  7. ただし一段の核では aa は 12\tfrac12 程度で頭打ちになり、この保証で言えるのは θ≲12\theta\lesssim\tfrac12 までです 読。帯の形 θ≤e−cL2\theta\le e^{-cL^2} の試験には使えません。正しい用途は、T2T^2 を固定した板の張力の下界です。
02

設定 — 駆動の手続きと経路の空間

12-03・12-04 の区画の和のアンサンブルを使います。リンクの SU(2)SU(2) の変数 UU と、プラケットの ±1\pm1 の変数 zz(余閉)の上の重み w(U,z)=exp⁡(β2∑pzp tr Up)w(U,z)=\exp\bigl(\tfrac\beta2\sum_pz_p\,\mathrm{tr}\,U_p\bigr) です。板 TNT2×(Z/M)2T^2_{N_T}\times(\mathbb Z/M)^2 の (3,4)(3,4) 平面のプラケット pp について、渦の面 Sp={p}×T2S_p=\{p\}\times T^2 の zz を全て反転すると、pp を囲む Wilson ループに渡る区画の符号が反転します(12-04)。pp のまわりに容器 Dp×T2D_p\times T^2(DpD_p は (3,4)(3,4) 平面の円板)を取り、容器の外の変数を枠 Φ\Phi と呼びます。

この章を通して、次の三つを置きます。

結合の補間。 λ∈[0,1]\lambda\in[0,1] について、SpS_p の上のプラケットの結合だけを 1−2λ1-2\lambda 倍した作用を SλS_\lambda とします。S0=SS_0=S で、S1(x)=S(Rx)S_1(x)=S(Rx)(RR は SpS_p の上の zz の反転)です。SλS_\lambda はゲージ不変です。

核。 KλK_\lambda を、容器の内側のリンクだけを動かす熱浴の遷移核で、e−Sλe^{-S_\lambda} について可逆(詳細つり合い)なものとします:

e−Sλ(x)Kλ(x,y)=e−Sλ(y)Kλ(y,x).(1)e^{-S_\lambda(x)}K_\lambda(x,y)=e^{-S_\lambda(y)}K_\lambda(y,x). \tag{1}

順の手続き。 λk=k/m\lambda_k=k/m(k=0,…,mk=0,\dots,m)。区画が ++ の配位 x0x_0 から始め、k=1,…,mk=1,\dots,m の各段で「結合を λk−1→λk\lambda_{k-1}\to\lambda_k に変え、そのときの作用の変化を仕事に加え、次に KλkK_{\lambda_k} で xk−1→xkx_{k-1}\to x_k と更新する」。仕事は

W=∑k=1m[Sλk(xk−1)−Sλk−1(xk−1)].(2)W=\sum_{k=1}^m\bigl[S_{\lambda_k}(x_{k-1})-S_{\lambda_{k-1}}(x_{k-1})\bigr]. \tag{2}

最後に RR を当てた RxmRx_m は区画が −- の配位です。区画が −- の配位からは、同じことを RR で写した逆向きの手続き(λ\lambda を 1→01\to0)で行います。m=0m=0 なら更新は無く、W=S1(x0)−S0(x0)=ΔSW=S_1(x_0)-S_0(x_0)=\Delta S で 12-05 の一度の挿入です。

経路の空間。 Ω={(s,x0,…,xm)}\Omega=\{(s,x_0,\dots,x_m)\}(s=±s=\pm は始点の区画)とし、区画 ++ から始まる経路の重みを

W^(+,x0,…,xm)=e−S0(x0)∏k=1mKλk(xk−1,xk),(3)\hat W(+,x_0,\dots,x_m)=e^{-S_0(x_0)}\prod_{k=1}^mK_{\lambda_k}(x_{k-1},x_k), \tag{3}

区画 −- から始まる経路の重みを、逆向きの手続きの同じ形の積で定めます。核の行の和は 1 なので、Ω\Omega の上の測度を始点に射影すると元の測度に戻ります。したがって、始点だけで決まる量の期待値は、Ω\Omega の上で計算しても変わりません 初。

対合。 ι(+,x0,…,xm)=(−,Rxm,…,Rx0)\iota(+,x_0,\dots,x_m)=(-,Rx_m,\dots,Rx_0):経路を逆にたどり、区画を反転します(−- から始まる経路にはその逆)。ι∘ι=id\iota\circ\iota=\mathrm{id} です。重みが正の経路は、(1) によって重みが正の経路に写ります。

03

Crooks の対合と駆動した恒等式

補題 1(Crooks の関係)

(F)(W)(K) と (1) の下で、重みが正の全ての経路 ω\omega について

W^(ιω)W^(ω)=e−W(ω),W∘ι=−W.(4)\frac{\hat W(\iota\omega)}{\hat W(\omega)}=e^{-W(\omega)},\qquad W\circ\iota=-W. \tag{4}

典 この形の関係は Crooks によるもので(出典の表)、ここでは格子の手続きに合わせた標準の計算を書き下します。証明。ω=(+,x0,…,xm)\omega=(+,x_0,\dots,x_m) とします。逆向きの経路の重みは、RR の下で SλS_\lambda が S1−λS_{1-\lambda} に写ることを使って ++ の座標に戻すと e−S1(xm)∏k=1mKλk(xk,xk−1)e^{-S_1(x_m)}\prod_{k=1}^mK_{\lambda_k}(x_k,x_{k-1}) です。(1) で各因子を Kλk(xk−1,xk) eSλk(xk)−Sλk(xk−1)K_{\lambda_k}(x_{k-1},x_k)\,e^{S_{\lambda_k}(x_k)-S_{\lambda_k}(x_{k-1})} に置き換えると、比の指数は

S0(x0)−S1(xm)+∑k=1m[Sλk(xk)−Sλk(xk−1)]=∑k=1mSλk−1(xk−1)−∑k=1mSλk(xk−1)=−WS_0(x_0)-S_1(x_m)+\sum_{k=1}^m\bigl[S_{\lambda_k}(x_k)-S_{\lambda_k}(x_{k-1})\bigr]=\sum_{k=1}^mS_{\lambda_{k-1}}(x_{k-1})-\sum_{k=1}^mS_{\lambda_k}(x_{k-1})=-W

です(和の添字を一つずらし、S0(x0)S_0(x_0) を k=1k=1 の項、−S1(xm)-S_1(x_m) を k=mk=m の項と打ち消させる)。逆向きの経路で (2) を計算すると、同じ項が逆の符号で並ぶので W∘ι=−WW\circ\iota=-W。∎

補題 1 は、12-05 の (5) の「重みの比が e−ΔSe^{-\Delta S} の対合」が、経路の空間の上で「重みの比が e−We^{-W} の対合」に置き換わったことを言っています。そこで 12-05 の恒等式 3 がそのまま使えます。

定理 2(駆動した恒等式)

(F)(W)(K) と (1) の下で、H=h(Φ) σH=h(\Phi)\,\sigma(hh は枠だけの関数、σ\sigma は容器の区画の符号)とすると

E[H]=EΩ[Htanh⁡(W/2)].(5)\mathbb E[H]=\mathbb E_\Omega\bigl[H\tanh(W/2)\bigr]. \tag{5}

初 証明。HH を始点で評価した Ω\Omega の上の関数とみます。核と RR は枠を変えないので hh は ι\iota で不変、σ\sigma は反転し、H∘ι=−HH\circ\iota=-H。Ω\Omega の上の重み W^\hat W と対合 ι\iota について、12-05 の (5) の因子は (4) により (W^−W^∘ι)/(W^+W^∘ι)=(1−e−W)/(1+e−W)=tanh⁡(W/2)(\hat W-\hat W\circ\iota)/(\hat W+\hat W\circ\iota)=(1-e^{-W})/(1+e^{-W})=\tanh(W/2) です。12-05 の恒等式 3 から EΩ[H]=EΩ[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E_\Omega[H]=\mathbb E_\Omega[H\tanh(W/2)]。左辺は始点だけで決まるので E[H]\mathbb E[H] に等しい(§02)。∎

Lean:核の部分は BoundedInsertion(Bounded.single)(仮定:有限集合・対合・w>0w\gt0・HH は奇。結論:∑wHt=∑wH\sum wHt=\sum wH)を、有限の経路の空間 Ω\Omega(重みが正の経路に制限)に当てたものです。経路の空間の構成と補題 1 は Lean の外です。

系 3(Jarzynski の等式)

(F)(W)(K) と (1) の下で、段数 mm に依らず

E[e−W ∣ Φ, σ=+]=Z−(Φ)Z+(Φ),(6)\mathbb E\bigl[e^{-W}\,\big|\,\Phi,\ \sigma=+\bigr]=\frac{Z_-(\Phi)}{Z_+(\Phi)}, \tag{6}

ここで Z±(Φ)Z_\pm(\Phi) は枠 Φ\Phi を固定した区画 ±\pm の分配関数です。

典 Jarzynski によるものです(出典の表)。証明。(4) から ∑ωW^(ω)e−W(ω)=∑ωW^(ιω)\sum_\omega\hat W(\omega)e^{-W(\omega)}=\sum_\omega\hat W(\iota\omega)。右辺は区画 −- から始まる経路の重みの総和で、核の行の和が 1 なので Z−(Φ)Z_-(\Phi)。左辺を区画 ++ の経路の重みの総和 Z+(Φ)Z_+(\Phi) で割れば (6)。∎

(6) は、手続きの速さ(段数 mm)に依らない量で、数値の検算に使えます。一方、e−We^{-W} の平均は稀な小さい WW に支配されるので、少ない標本では推定が大きく揺らぎます(12-08 の表で −ln⁡⟨e−W⟩-\ln\langle e^{-W}\rangle が負になる行があるのはそのためです)。

系 4(受理率)

定理 2 の設定で 1−EΩ[tanh⁡(W/2)]=2 EΩ[1/(1+eW)]1-\mathbb E_\Omega[\tanh(W/2)]=2\,\mathbb E_\Omega\bigl[1/(1+e^{W})\bigr]。右辺は、駆動した経路の終点を Barker 型の規則で受け入れる一手の受理率の平均の 2 倍です。

初 1−tanh⁡(W/2)=2/(1+eW)1-\tanh(W/2)=2/(1+e^{W}) の期待値を取るだけです。12-05 の補題 4 の ΔS\Delta S を WW に置き換えたものです。

多数の細胞。 互いに離れた細胞 cc(容器 Dc×T2D_c\times T^2)ごとに、位置の集合 PP(空でない有限集合)から位置 PcP_c を一様に、互いに独立に選び、選んだ位置で駆動した挿入を行います。細胞ごとの経路は、始点の配位の中の自分の容器とその周りだけを読みます。

定理 5(多数の細胞の駆動した評価)

(F)(W)(K) と (1) の下で、容器が互いに離れていて(どのプラケットも二つの容器の内側にまたがらない)、H=h(Φ)∏cσcH=h(\Phi)\prod_c\sigma_c、∣H∣≤1|H|\le1 とすると

∣E[H]∣ ≤ E[∏c1∣P∣∑p∈PE[ ∣tanh⁡(Wc,p/2)∣ ∣ x0]].(7)|\mathbb E[H]|\ \le\ \mathbb E\Bigl[\prod_c\frac1{|P|}\sum_{p\in P}\mathbb E\bigl[\,|\tanh(W_{c,p}/2)|\ \big|\ x_0\bigr]\Bigr]. \tag{7}

初 証明。始点 x0x_0、位置の選択 (Pc)(P_c)、細胞ごとの経路からなる拡大した空間を作ります。細胞 dd の対合 ιd\iota_d は、細胞 dd の経路を逆にたどり、始点の容器 dd の内側を経路の終点の反転に置き換えます。容器が離れているので、枠を止めた重みは容器ごとの積に分かれ、ιd\iota_d は他の細胞の経路の重みと仕事を変えません。よって ιd\iota_d の重みの比は e−Wde^{-W_d} で、他の細胞の因子 tanh⁡(Wc/2)\tanh(W_c/2)(c≠dc\ne d)は ιd\iota_d で動きません。12-05 の定理 5 の証明(細胞を一つずつ足す帰納)がそのまま通り、E[H]=E[H∏ctanh⁡(Wc,Pc/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\prod_c\tanh(W_{c,P_c}/2)]。絶対値を取り、始点を止めると細胞ごとの経路と位置の選択が独立であることを使えば (7)。∎

(7) は 12-05 の定理 5 と違い、位置の平均の中に絶対値が入っています。位置どうしの符号の打ち消しを使わない分だけ弱い形です。

04

二つの極限 — 一度に入れる・準静的に入れる

段数 0。 m=0m=0 では W=ΔSW=\Delta S で、定理 2 は 12-05 の恒等式 3 です 初。細い渦では ΔS\Delta S が T2T^2 の面積に比例し、tanh⁡(W/2)\tanh(W/2) はほとんど 1 です。

準静的の極限。 m→∞m\to\infty(ゆっくり駆動する)で、WW は枠を止めた容器の条件つきの自由エネルギー ΔFD(Φ)=ln⁡(Z+(Φ)/Z−(Φ))\Delta F_D(\Phi)=\ln\bigl(Z_+(\Phi)/Z_-(\Phi)\bigr) に近づく、と見込まれます 読(物理。熱力学積分の標準的な見立てで、核が各 λ\lambda で十分よく混ざることを要する。この本では証明しません)。そのとき定理 2 の因子は tanh⁡(ΔFD/2)=θD(Φ)\tanh(\Delta F_D/2)=\theta_D(\Phi) になり、12-03 の容器の恒等式(Mack–Petkova の恒等式)に戻ります。手続きの長さ mm が、一度に入れる粗い評価と、正確な条件つきの自由エネルギーとをつなぐ、という読み方です。

数値の姿。 SU(2)SU(2)、β=2.3\beta=2.3、板 2×2×8×82\times2\times8\times8、捩れ n12=1n_{12}=1、円板の半径 2、6 配位 × 4 位置で、段数 m=0,4,16m=0,4,16 の仕事の平均は 10.7・6.5・2.9、tanh⁡(W/2)\tanh(W/2) の平均は 0.990・0.968・0.688 でした 読。段数を増やすと仕事が下がり、因子が 1 から離れます。他の β\beta・NTN_T・容器の半径の記録は 12-08 にまとめます。容器が渦の大きさより小さいと、段数を増やしても仕事は下がりきりません(同じ表)。

05

切った測度の公式

容器 D×T2D\times T^2 の中で、反転の面 S={p0}×T2S=\{p_0\}\times T^2 の上のプラケットの項だけを作用から除いた測度(枠 Φ\Phi を固定)を μcut\mu_{\rm cut} とし、X:=∑p∈Szp tr UpX:=\sum_{p\in S}z_p\,\mathrm{tr}\,U_p(zz は区画 ++ の代表)と置きます。面の上の重みは e(β/2)zptrUpe^{(\beta/2)z_p\mathrm{tr}U_p} で、区画 −- では SS の上の zz が反転するので、

命題 6(切った測度の公式) Z±(Φ)Zcut(Φ)=Ecut[e±βX/2],θ(Φ)=∣Ecut[sinh⁡(βX/2)]∣Ecut[cosh⁡(βX/2)].(8)\frac{Z_\pm(\Phi)}{Z_{\rm cut}(\Phi)}=\mathbb E_{\rm cut}\bigl[e^{\pm\beta X/2}\bigr],\qquad \theta(\Phi)=\frac{\bigl|\mathbb E_{\rm cut}[\sinh(\beta X/2)]\bigr|}{\mathbb E_{\rm cut}[\cosh(\beta X/2)]}. \tag{8}

初 第一式は定義から、第二式は θ=∣Z+−Z−∣/(Z++Z−)\theta=|Z_+-Z_-|/(Z_++Z_-) に第一式を入れて ea∓e−a=2sinh⁡a, 2cosh⁡ae^{a}\mp e^{-a}=2\sinh a,\ 2\cosh a を使うだけです。

Lean FlipLemma(FlipLemma.cut_formula)(仮定:有限集合の上の実数値の重み vv(非負性も使わない)・実数値の XX・実数 bb。結論:∑vebX/2−∑ve−bX/2=2∑vsinh⁡(bX/2)\sum ve^{bX/2}-\sum ve^{-bX/2}=2\sum v\sinh(bX/2) と、和の形の cosh⁡\cosh の等式)。保証されるのは和の代数だけです。

μcut\mu_{\rm cut} には区画がありません。θ(Φ)\theta(\Phi) は「枠の情報が、切った測度の中を容器の大きさだけ渡って面に届く強さ」と読めます。駆動した挿入は、+→切った測度←−+\to\text{切った測度}\leftarrow- という対称な形にも組めます(補題 1 の対合と両立します)。

06

反転の確率の補題と流れの補題

枠 Φ\Phi を止めた条件つきの測度を μΦ\mu_\Phi、容器の区画の符号を σ∈{±1}\sigma\in\{\pm1\}、mΦ=E[σ ∣ Φ]m_\Phi=\mathbb E[\sigma\,|\,\Phi]、θ(Φ)=∣mΦ∣\theta(\Phi)=|m_\Phi| とします。KK を容器の中だけを動かす Markov 核とし、(X,X′)∼μΦ⊗K(X,X')\sim\mu_\Phi\otimes K(XX を μΦ\mu_\Phi から引き、KK で一歩進めたものが X′X')とします。

定理 7(反転の確率の補題)

KK が μΦ\mu_\Phi について定常(∑xμΦ(x)K(x,y)=μΦ(y)\sum_x\mu_\Phi(x)K(x,y)=\mu_\Phi(y))なら

P(σ(X′)≠σ(X)) ≤ 1−mΦ2=1−θ(Φ)2.(9)\mathbb P\bigl(\sigma(X')\ne\sigma(X)\bigr)\ \le\ 1-m_\Phi^2=1-\theta(\Phi)^2. \tag{9}

初 証明。σ=±1\sigma=\pm1 なので P(σ(X′)≠σ(X))=∑x,yμΦ(x)K(x,y)(σ(x)−σ(y))2/4\mathbb P(\sigma(X')\ne\sigma(X))=\sum_{x,y}\mu_\Phi(x)K(x,y)(\sigma(x)-\sigma(y))^2/4。(a−b)2≤2(a−m)2+2(b−m)2(a-b)^2\le2(a-m)^2+2(b-m)^2 で上から押さえ、行の和が 1 であることと定常性で二つの和をどちらも ∑xμΦ(x)(σ(x)−m)2=1−m2\sum_x\mu_\Phi(x)(\sigma(x)-m)^2=1-m^2 に直すと、12(1−m2)+12(1−m2)\tfrac12(1-m^2)+\tfrac12(1-m^2)。∎ 可逆性は使いません。

Lean FlipLemma(FlipLemma.flip_le)(仮定:有限集合・w≥0w\ge0・∑w=1\sum w=1・K≥0K\ge0・行の和が 1・定常性 ∑xwxKxy=wy\sum_xw_xK_{xy}=w_y・σ2=1\sigma^2=1。結論:∑x,ywxKxy(σx−σy)2/4≤1−(∑wσ)2\sum_{x,y}w_xK_{xy}(\sigma_x-\sigma_y)^2/4\le1-(\sum w\sigma)^2)。

系 8(正の核)

KK が μΦ\mu_\Phi について可逆で、L2(μΦ)L^2(\mu_\Phi) の作用素として正(⟨f,Kf⟩≥0\langle f,Kf\rangle\ge0)なら、(9) の右辺は (1−θ2)/2(1-\theta^2)/2 に下がる。

初 証明。P(反転)=(1−⟨σ,Kσ⟩)/2\mathbb P(\text{反転})=(1-\langle\sigma,K\sigma\rangle)/2(内積は μΦ\mu_\Phi で)。σ~=σ−m\tilde\sigma=\sigma-m と置くと、KK の行の和が 1 で可逆なので ⟨σ,Kσ⟩=⟨σ~,Kσ~⟩+m2≥m2\langle\sigma,K\sigma\rangle=\langle\tilde\sigma,K\tilde\sigma\rangle+m^2\ge m^2。∎ この系には Lean の検査がありません。

次の形のほうが鋭く、この章で主に使います。

定理 9(流れの補題)

定理 7 の設定(定常な KK)で、一歩で区画が反転する確率を a(Φ)a(\Phi) とすると

a(Φ) ≤ 1−θ(Φ),すなわちθ(Φ) ≤ 1−a(Φ).(10)a(\Phi)\ \le\ 1-\theta(\Phi),\qquad\text{すなわち}\qquad \theta(\Phi)\ \le\ 1-a(\Phi). \tag{10}

初 証明。+→−+\to- の流れ A=P(σ(X)=+,σ(X′)=−)A=\mathbb P(\sigma(X)=+,\sigma(X')=-) と −→+-\to+ の流れ BB を取ります。定常性から X′X' の区画の分布は XX と同じなので A=BA=B。また A≤P(σ(X)=+)=(1+m)/2A\le\mathbb P(\sigma(X)=+)=(1+m)/2、B≤(1−m)/2B\le(1-m)/2。よって a=A+B=2A≤2min⁡((1+m)/2,(1−m)/2)=1−∣m∣a=A+B=2A\le2\min\bigl((1+m)/2,(1-m)/2\bigr)=1-|m|。∎ θ≤1\theta\le1 なので 1−θ≤1−θ21-\theta\le1-\theta^2 で、(10) は (9) より鋭い形です。

Lean FluxLemma(FluxLemma.flip_le_one_sub_abs)(仮定:有限集合・w≥0w\ge0・∑w=1\sum w=1・K≥0K\ge0・行の和が 1・定常性・σ\sigma の値は 11 か −1-1。結論:∑x,ywxKxy(σx−σy)2/4≤1−∣∑wσ∣\sum_{x,y}w_xK_{xy}(\sigma_x-\sigma_y)^2/4\le1-|\sum w\sigma|)。

使い方。 区画を反転させる定常な核で、反転の確率が cc 以上のものを作れれば θ≤1−c\theta\le1-c です。駆動した挿入を提案とし、終点を確率 min⁡(1,e−W)\min(1,e^{-W}) で受け入れる核は、補題 1 から μΦ\mu_\Phi について可逆(よって定常)で、その反転の確率は受理率です。受理率は P(W≤w0) e−w0\mathbb P(W\le w_0)\,e^{-w_0} 以上なので、e−We^{-W} の平均を制御する必要はなく、「安い仕事が正の確率で起こる」ことだけで足ります 初。

07

同時の反転と、この保証の限界

互いに離れた容器の有限集合 SS を取り、各容器 t∈St\in S の区画の偏りを θt(Φ)\theta_t(\Phi) とします(枠 Φ\Phi は全ての容器の外の変数)。

定理 10(同時の反転)

(F)(W) の下で、容器が互いに離れていて、各容器 tt に、その容器の中だけを動かす定常な核 KtK_t を取り、全ての容器で同時に一歩ずつ動かすと

E[∏t∈Sθt(Φ)] ≤ P(S のどの容器も反転しない).(11)\mathbb E\Bigl[\prod_{t\in S}\theta_t(\Phi)\Bigr]\ \le\ \mathbb P\bigl(S\ \text{のどの容器も反転しない}\bigr). \tag{11}

初 証明。枠を止めると容器の内側は条件つきで独立(12-03 の条件つきの独立性)で、核も容器ごとに独立に動くので、P(どれも反転しない ∣ Φ)=∏t(1−at(Φ))\mathbb P(\text{どれも反転しない}\,|\,\Phi)=\prod_t(1-a_t(\Phi))。定理 9 から各因子は θt(Φ)\theta_t(\Phi) 以上。期待値を取る。∎

12-03 の容器の恒等式は ∣⟨W(C)⟩∣≤E∏tθt|\langle W(C)\rangle|\le\mathbb E\prod_t\theta_t(CC の内側の容器について)の形でした。(11) と合わせると、Wilson ループの上界を、モンテカルロで測れる量 P(どれも反転しない)\mathbb P(\text{どれも反転しない}) で正しい向きに押さえられます 初。

限界(大事な注意)。 (10) から言えるのは θ≤1−a\theta\le1-a です。一段の核(駆動した挿入を一回提案して受け入れるか決める核)の反転の確率 aa は、測った範囲では 0.46 以下で、記録の判断では 12\tfrac12 程度で頭打ちになります 読(12-08 の表 1・表 2・表 8・表 9)。そのため、大きさ LL の容器で言えるのは θ≤θ0\theta\le\theta_0 で θ0∼12\theta_0\sim\tfrac12 までです。これが LL に一様に成り立っても、出るのは

σ ≥ ln⁡(1/θ0)L2 ⟶ 0(L→∞)(12)\sigma\ \ge\ \frac{\ln(1/\theta_0)}{L^2}\ \longrightarrow\ 0\qquad(L\to\infty) \tag{12}

だけで、これは 13-01 の「弱い形」(U(1)U(1) も満たす形)そのものです 初。帯の正しい形 θ(L,L)≤e−cL2\theta(L,L)\le e^{-cL^2} を (10) で示すには、a≥1−e−cL2a\ge1-e^{-cL^2} となる核、つまりほとんど確実に区画を反転させる核が要ります 初((10) の書き直し)。一段の核でそれを作る見込みは立っていません。

したがって、同時の反転による保証は、移り変わりの帯の数値的な試験には使えません。この道具を帯の数値的な姿として測った記録がありますが、その位置づけは撤回されています(12-08 §06)。正しい用途は、T2T^2 の大きさ LL を固定した板の張力の下界と、チェス盤の密度 κcb\kappa_{cb}(13-05)の上からの推定です。

表 1 この章の評価の、何が言えて何が言えないか(条件は (F)(W)(K))
評価形言えること言えないこと
駆動した恒等式(定理 2・定理 5)E[H]=E[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\tanh(W/2)]段数を増やすと因子が 1 から離れうる(数値)因子の上界が LL に一様であること
Jarzynski(系 3)E[e−W]=Z−/Z+\mathbb E[e^{-W}]=Z_-/Z_+数値の検算少ない標本での精度(稀な事象に支配される)
反転の確率(定理 7)a≤1−θ2a\le1-\theta^2θ≤1−a\theta\le\sqrt{1-a}—(定理 9 より弱い)
流れの補題(定理 9)θ≤1−a\theta\le1-aT2T^2 を固定した板の張力の下界一段の核では θ0∼12\theta_0\sim\tfrac12 まで。帯の形 e−cL2e^{-cL^2} は出ない
同時の反転(定理 10)E∏θ≤P(反転なし)\mathbb E\prod\theta\le\mathbb P(\text{反転なし})Wilson ループの上界の正しい向きの推定量帯の数値的な試験(撤回)
08

言えないこと

(a) 閉じ込め。この章の恒等式と不等式は、どれも閉じ込めを導きません。定理 2・定理 5 の因子が LL と格子間隔に一様に 1 から離れること、あるいは aa が 1 に近い核が要り、どちらもこの本では示していません。

(b) 準静的の極限。m→∞m\to\infty で W→ΔFDW\to\Delta F_D となることは §04 の見立てで、核の混ざり方の評価を含む証明はこの本にありません。

(c) 連続の配位空間。定理は全て (F) の有限版です。SU(2)SU(2) の Haar 測度の上の版は、熱浴の核の可逆性と経路の空間の測度を連続の場合に書き直す必要があり、Lean の外です。

(d) 一段の核の頭打ち。「aa は 12\tfrac12 程度で頭打ち」は測定と記録の判断で、定理ではありません。θ0∼12\theta_0\sim\tfrac12 までしか言えない、という結論はこの読みに依ります。逆に aa が 1 に近い核があれば (10) はそのまま使えますが、その構成は知られていません。

(e) 新しさ。Crooks の関係と Jarzynski の等式は既知で、区画の和のアンサンブルへの当てはめと定理 7・9・10 は初等的です。区画を反転させる非平衡の提案で受理率を上げる手法は、モンテカルロの文献で tempered transitions や非平衡の候補の手法として知られています(照合未了)。この章の結果に新しさは主張しません。

09

五分類の表と依存グラフ

表 2 この章の行(条件は (F) 有限の配位空間・(W) 正の重み・(K) 容器の中だけを動かす核)
行言明(一行)分類根拠範囲機械検査
[01]経路の空間の始点の周辺分布は元の測度初§02(F)(W)(K)・核の行の和が 1—
[02]補題 1:W^∘ι/W^=e−W\hat W\circ\iota/\hat W=e^{-W}・W∘ι=−WW\circ\iota=-W典§03・Crooks(F)(W)(K)・(1) の詳細つり合い—
[03]定理 2:E[H]=EΩ[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E_\Omega[H\tanh(W/2)]初§03(F)(W)(K)・(1)・H=h(Φ)σH=h(\Phi)\sigmaBoundedInsertion(Bounded.single) を Ω\Omega に当てる(仮定:有限・対合・w>0w\gt0・HH は奇。Ω\Omega の構成は Lean の外)
[04]系 3:Jarzynski の等式(段数に依らない)典§03・Jarzynski(F)(W)(K)・(1)・枠を止めて—
[05]系 4:1−E[tanh⁡(W/2)]=2×1-\mathbb E[\tanh(W/2)]=2\times受理率初§03[03] の設定—
[06]定理 5:多数の細胞の (7)初§03容器が離れている・∣H∣≤1|H|\le1・位置を独立に一様に選ぶ—(帰納の型は 12-05 の BoundedInsertion(Bounded.averaged))
[07]m→∞m\to\infty で W→ΔFD(Φ)W\to\Delta F_D(\Phi)読(物理)§04核が各 λ\lambda で十分混ざる—
[08]段数とともに仕事が下がる(β=2.3\beta=2.3、2×2×8×82\times2\times8\times8)読§04・12-08SU(2)SU(2)・6 配位 × 4 位置—
[09]命題 6:切った測度の公式 (8)初§05枠を止めて・反転の面の項を除くFlipLemma(FlipLemma.cut_formula)(仮定:有限集合・実数値の vv・XX・bb)
[10]定理 7:反転の確率 ≤1−θ2\le1-\theta^2初§06定常な核(可逆は不要)FlipLemma(FlipLemma.flip_le)(仮定:w≥0w\ge0・∑w=1\sum w=1・K≥0K\ge0・行の和 1・定常・σ2=1\sigma^2=1)
[11]系 8:正の核なら (1−θ2)/2(1-\theta^2)/2初§06可逆で正の作用素—
[12]定理 9:流れの補題 θ≤1−a\theta\le1-a初§06定常な核(可逆は不要)FluxLemma(FluxLemma.flip_le_one_sub_abs)(仮定:w≥0w\ge0・∑w=1\sum w=1・K≥0K\ge0・行の和 1・定常・σ=±1\sigma=\pm1)
[13]受け入れ min⁡(1,e−W)\min(1,e^{-W}) の核は定常、受理率 ≥P(W≤w0)e−w0\ge\mathbb P(W\le w_0)e^{-w_0}初§06[02] の設定—
[14]定理 10:E∏θt≤P(反転なし)\mathbb E\prod\theta_t\le\mathbb P(\text{反転なし})初§07容器が離れている・定常な核を容器ごとに—(核は [12])
[15]一段の核の aa は 12\tfrac12 程度で頭打ち読§07・12-08測った β\beta・NTN_T・容器の範囲—
[16](10) から出るのは σ≥ln⁡(1/θ0)/L2\sigma\ge\ln(1/\theta_0)/L^2(弱い形)。帯の形には a≥1−e−cL2a\ge1-e^{-cL^2} が要る初§07θ≤1−a\theta\le1-a だけを使う場合—

機械検査の欄の束は、本体の再検査で sorry を含まず、公理が標準の三つの部分集合であることが確かめられたものです。保証されるのは有限集合の上の和の代数だけです(10-13)。flip_le と cut_formula はファイル FlipLemma に、flip_le_one_sub_abs はファイル FluxLemma にあります。

依存グラフ(前提の番号は結論の番号より小さい):

[01] 初 MARG    経路の空間の始点の周辺分布 = 元の測度          核の行の和 1
[02] 典 CROOKS  重みの比 e^(−W)・W∘ι = −W                       詳細つり合い (1)
[03] 初 DRIVEN  E[H] = E[H tanh(W/2)] ⟸ [01][02]                Lean Bounded.single を Ω に
[04] 典 JARZ    E[e^(−W) | 枠] = Z₋/Z₊ ⟸ [02]
[05] 初 ACC     1 − E[tanh(W/2)] = 2 × 受理率 ⟸ [03]
[06] 初 MULTI   多数の細胞 (7) ⟸ [02]                           容器が離れている
[07] 読 QSTAT   m → ∞ で W → ΔF_D(物理)⟸ [04]
[08] 読 NUM     段数とともに仕事が下がる                          β = 2.3・2×2×8×8
[09] 初 CUT     切った測度の公式                                  Lean cut_formula
[10] 初 FLIP    反転の確率 ≤ 1 − θ²                               Lean flip_le
[11] 初 POS     正の核なら (1 − θ²)/2 ⟸ [10]
[12] 初 FLUX    θ ≤ 1 − a                                         Lean flip_le_one_sub_abs
[13] 初 MH      min(1, e^(−W)) の核は定常・受理率の下界 ⟸ [02]
[14] 初 SIMUL   E∏θ ≤ P(反転なし) ⟸ [12]                        容器が離れている
[15] 読 HALF    一段の核の a は ½ 程度で頭打ち                    測った範囲
[16] 初 WEAK    弱い形しか出ない・帯には a ≥ 1 − e^(−cL²) ⟸ [12]

確かめ方は、全ての「⟸」の右の番号が左の番号より小さいことを目で見ることです。円はありません。この章に仮定(仮)の行はありません。[15] の読みは [16] の前提に入れていません([16] は θ≤1−a\theta\le1-a だけから出る書き直しで、[15] はそれをどこまで使えるかの判断です)。閉じ込めの節点も、質量ギャップの節点もありません。


この章が言えている範囲

言えている言えていない
初 (F)(W)(K) の下で駆動した恒等式 E[H]=E[Htanh⁡(W/2)]\mathbb E[H]=\mathbb E[H\tanh(W/2)] と多数の細胞の形因子 tanh⁡(W/2)\tanh(W/2) の、LL と格子間隔に一様な上界
典 Crooks の関係・Jarzynski の等式(格子の手続きに書き下した)準静的の極限 W→ΔFDW\to\Delta F_D の証明
初 定常な核について a≤1−θ2a\le1-\theta^2・θ≤1−a\theta\le1-a・同時の反転 E∏θ≤P(反転なし)\mathbb E\prod\theta\le\mathbb P(\text{反転なし})aa が 1 に近い核の構成。帯の形 θ≤e−cL2\theta\le e^{-cL^2}
読 一段の核では θ0∼12\theta_0\sim\tfrac12 まで(帯の試験には使えない)連続の配位空間での同じ定理(Lean の外)

出典と再現

もの種別出典・道具
Crooks の関係(経路の重みの比 e−We^{-W})典G. E. Crooks, “The entropy production fluctuation theorem and the nonequilibrium work relation for free energy differences”, Phys. Rev. E 60 (1999) 2721, arXiv:cond-mat/9901352(書誌は arXiv の頁で確認。Markov 連鎖の形の原典は未確認)
Jarzynski の等式典C. Jarzynski, “A nonequilibrium equality for free energy differences”, Phys. Rev. Lett. 78 (1997) 2690, arXiv:cond-mat/9610209(書誌は arXiv の頁で確認)
定理 2・系 4・定理 5・命題 6・定理 7・系 8・定理 9・定理 10初本文 §03〜§07 の証明。定理 2 は論文の草稿「Exact centre-vortex insertion identities in the twist-summed ensemble, and bounded, averaged and driven confinement bounds」(A-07 の論文 1)の driven identity と同じ内容。定理 9 は A-07 の論文 2 の flux bound と同じ内容
容器の恒等式典(間接)G. Mack, V. B. Petkova(12-03 の通り)
tempered transitions・非平衡の候補の手法照合未了モンテカルロの文献(書誌は未確認)
数値(§04)読12-08 の表 1 の最初の行と同じ測定
LeanLeanFlipLemma(FlipLemma.flip_le・FlipLemma.cut_formula)・FluxLemma(FluxLemma.flip_le_one_sub_abs)・BoundedInsertion(Bounded.single)。束が保証するのは有限和の代数だけ

この章で使った語 — 駆動した挿入・段数 mm・仕事 WW・経路の空間 Ω\Omega・Crooks の対合 ι\iota・準静的・切った測度・反転の確率・流れの補題・同時の反転。意味は A-02 用語集 にあります(第 12 部の語は追加の予定)。

次に読む章:12-07 なぜ決まった写像は失敗するか — 駆動した挿入が安く、一度に当てる決まった写像が高くつく理由を、一ループの水準で「揺らぎの形を変えるかどうか」の違いとして説明します。

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改訂 2026-10-15:初版。